「アジア本格リーグ」第四弾。大陸のミステリはマトモに読んでいないので、個人的には同じ中国語で書かれた華文ミステリという括りで台湾ミステリとはどう異なるのか、というあたりに注目しながら読みました。前評判ではガチな本格という話があったのですが、個人的には、寧ろそうしたミステリ・マニアが想起されるであろう「ガチ」なイメージとは対極にある風格に感じられ、ミステリというよりは普通小説的な読みの方がこの物語世界の繊細な風格を愉しめるかもしれません。
物語は、中国は唐の時代、日本的にいえば陰陽師的なことを生業としている乱神館のもとにある人物がやってくる、件の人物は、亡くなった母親の魂を呼び寄せて降霊術をやってもらいたいと持ちかけてくる。どうやらその母親というのが屋敷で不審死を遂げていて、――という話。
探偵役が陰陽師だからオカルト的な装飾がふんだんに凝らされた作風かと思いきや、探偵像はむしろそうした怪異を怪異として受け止める姿勢とは対極にあって、国産ミステリでもっとも近い造詣を挙げるとすれば、京極堂ということになるでしょうか。実際、この探偵はそうした怪異をマッタク信じておらず、「そもそも私自身が鬼神とか幽霊などというものをまったく信じておらず」と嘯くほど。
これが現代ではなく、怪異は当然、存在するものとして受け止められていた唐の時代であるからこそ、この探偵の姿勢が異形のものとして作用するところに注目で、件の殺人事件に絡めた幽霊騒動の真相を喝破するところでは、こうした時代設定とそれに相反する探偵像とのギャップが際立ち、この差異から怪異を解体していくプロセスはまさに本格ミステリのソレ。
しかし、例えば怪異をコロシにプラスして雰囲気を盛り上げていくという、カーから横溝から新本格にいたるまでの定型ともいえる作風と、本作が大きく異なるところは、そうした怪異を解体した帰結として、登場人物たちの心の機微や隠された心理心情を解き明かしていくという推理のプロセスにあり、――本作では、本格ミステリでは定番の、怪異の解体イコール、トリックの解明といった外連は退けられてい、このあたりが、解説にあるように、本作のクリスティ的と評価される所以であるような気がします。
王朝ミステリらしい鷹揚な展開が日本人にはなかなか読みづらく、特に前半の逸話に逸話を重ねて、件の屋敷の人間関係を解していくところで、実をいうと自分は一度挫折してしまったのですが、なぜ前半部でここまで重層的に逸話を重ねてみせたのかという点については、この事件の構図が登場人物の心の綾を繙いてはじめて現出するという結構ゆえ、いわば必然ともいえるものであるところは留意しておく必要があるでしょう。実際、この細やかに書き込まれた逸話を頭に入れておかないと、犯人の心理トリックを見抜くことはできません。
作者があとがきに述べている通りに、唐の時代と現代との習俗、感覚の違和がこの心理トリックと犯人の奇妙な行動への「気付き」への重要な鍵となっているゆえ、真犯人は朧気ながら判るものの、推理の端緒となるべき、奇妙な行動への「気付き」に関してはかなり難易度が高いような気がします。
黄金期のミステリをリスペクトして大時代的な設定とキャラ造詣をよしとする新本格の一部の作風とは異なり、怪異を雰囲気を盛り上げる装置として機能させるわけではなく、事件の構図に収斂させる手際は現代本格に通じるところもあるし、これまた作者あとがきにもある通り、まずトリックありき、という原理主義的な風格とは趣を異にします。
そんな一方、王朝ミステリらしい物語世界に託して、「黒死館」の法水ばりのある趣向が凝らされているのですが、この外連は日本語だとチと伝わりにくいカモしれません、――とはいえ、この趣向は登場人物の心理を炙り出す仕掛けとしては非常にうまいな、と感じました。原文の中国語で再度このあたりを読み返してみたい誘惑にかられます。
作者あとがきは読了した後に是非とも眼を通していただきたいものであり、これによって、王朝ミステリでありながら、決してマニアが驚喜するような「ガチ」な本格に流れなかった本作の意図を理解できるかと思います。トリックよりも、まず時代ものミステリならではの事件の構図、――特に動機に絡めた構図が先にあり、そうした企図から必然的にクリスティ的と評価される風格の作品が出来上がったのだと推察できます。
「おいおいおい、ガチな本格って聞いたから、死体がブワーッと宙を舞ったり、凶器のナイフが幽霊に操られてグリングリンしたり、ボンクラワトソンが死体を前にして雷に打たれたような衝撃を受けたりするのかと思っていたのに、話が違うじゃねーかよ。プンスカ」なんて、感じられる原理主義者の方がいるやもしれず、本作はカーというよりはクリスティなので、そのあたりは取り扱い注意、ということで。個人的には「杜公子」シリーズを読んで、作者の「素」の手さばきを見てみたく、機会があれば、こちらの方を手に入れて、いずれは紹介してみたいと思います。