ジャケ帯には「仰天トリック×逆転推理!」とありますが、推理という名の妄想が炸裂し、真相と幻想が入り乱れる外連はまさに唯我独尊。女は怖い、そしてエロいというエロミスならではの主題もさりげなく織り交ぜた構図も素晴らしく、堪能しました。
収録作は、探偵の推理のみならず犯人の妄想推理を起点として隠微に進行する事件の真相を解き明かしてみせる結構が秀逸な「エスケープ・ブライダル」、荷物の誤配送に同姓同名とくればアノ仕掛けでしょという期待のさらに上を行く騙しの技法で女のエグさを活写してみせる「偸盗の家」、同窓会名簿にフと見つけてしまった偶然が妄想推理によって必然へと奇妙な変容を見せる表題作「必然という名の偶然」。
エロい娘っ子の妄想推理とエロスに絡め取られる教師の奈落と恍惚と描いたエロミスの傑作「突然、嵐の如く」、フとした悪戯心が予想外のコロシと隠された犯罪構図を引き寄せる「鍵」、ある人物の不可解にして性急な行動の背後に見え隠れする心理をこれまた極上の妄想推理で解き明かしてみせる「エスケープ・リユニオン」の全六編。
いずれも人間の心の闇を精緻な妄想推理によって照射してみせる手際の素晴らしさが光る逸品揃いで、冒頭を飾る「エスケープ・ブライダル」からして、つくづく女運のない男の顛末を描いた軽妙な一編かと思いきや、過去の人死にがさりげなく語られるとともに、現在進行形の事態に潜むある奸計を、犯人の心理を推理することで解き明かしてみせるという結構で、特に人物の視点に趣向を凝らすことで後半の驚きを際立たせたみせた仕掛けが素晴らしい。
続く「偸盗の家」は、さらりと語られるプロローグから仕掛けは始まってい、そのあとすぐにある人死にが語られるのですが、これまたある人物の惑乱をよそに犯罪の顛末が描かれるものの、個人的にはこの事件よりも、その端緒となったものとプロローグで描かれていたものが重なりをみせたことで明らかにされる女のエグさに苦笑至極という一編でありました。
「必然という名の偶然」は、「エスケープ・ブライダル」と同様、ある人物の内心を妄想推理していく過程がスリリングで、ある「法則」が果たして偶然なのか必然なのかという揺らぎの中にとらわれた人物の妄執と、それを精緻な推理によって取り除いてみせる二段重ねの推理がゴージャス。
「鍵」は、収録作中、もっともブラックな味付けがなされた一編で、昔住んでたマンションの部屋の鍵があったからチョックラ使ってみるかムフフ、なんてスケベ心を起こしたのが運の尽きで、当然トンデモない事態へと至るのですが、そのあとは人死にの犯人となってしまった男を倒叙フウに描いていくのかと思っていると、ここにはある人物の意想外な奸計が潜んでいたというオチ。しかしこのオチからムンムンと醸し出される主題がエロミス的で、さらには救われたんだかそれとも奈落に落ちたんだか、という黒い幕引きが何ともいえない余韻を残します。
エロミスといえば、もっともニヤニヤしてしまうのが「突然、嵐の如く」で、教師が教え子の娘っ子と自宅で、――このシチュエーションだけでも十二分にエロいのですが、先生はどちらかというと完全に受け身で、娘のエロスと妄想推理によって翻弄される役回り。妻の死に当惑至極の教師に対して、艶っぽい格好で妄想推理をさながら催眠術のように駆使してみせる娘っ子の蠱惑的な魔力に、最後は据え膳食わねば男の恥というオチへとなだれ込むのはお約束ながら、においたつエロティシズムがファンタジーにとどまっているのが好印象。
これが石持ミステリであれば、たとえば本編最大の見せ場ともいえる娘っ子がストリップをはじめるシーンにおいても、「二三枝はレインコートを脱いだ。その下から現れたのは、紺色のスクール水着しかつけていない少女の肢体だった。汗に蒸れているのだろう、脇の下からにおいたつ甘酸っぱい匂いに、宏は思わず陰茎を堅く勃起させていた」なんてカンジで、リアリズムに傾いた挙げ句、陰茎だ勃起だという言葉までくわえてしまって「エロいけど……何かコーフンできない」というかんじになってしまうであろうものの、そのあたりをしっかりと「心得て」いるところはいうことなし。
というわけで、精緻な妄想推理によって心の闇を明かしてみせる風格と、極上のエロスが際立つ好編揃いという一冊で、まずイッキ読みは必至ゆえ、ロジックとエロスと両方愉しみたいという自分のような好事家であればまず問題なく愉しめるのではないでしょうか。オススメでしょう。