巷では「メガヒット漫画原作者」として有名な作者の、「インターネット社会に警鐘を鳴らす、驚愕のネットワークミステリー」というのが本作のウリ文句ながら、自分の場合、これまたツイッターで「ひどいダメミスだから、絶対に愉しめると思うよ」という言葉に乗せられて購入した次第です。……とはいえ、確かにその真相はツイッターのユーザーであればかなり容易に見破れるものとはいえ、これをまた違った視点で見ると本作の存在意義もまた変わってくるような気がするゆえ、そのあたりは後述します。
まずあらすじをざっと述べると、ダメ上司と社内不倫をした挙げ句、社内での黒い噂に耐えきれず出社拒否と相成ったメンヘラ・ヒロインが、ツイッターで謎男と知り合う。しかしこの謎男はイキナリ住所を特定して薔薇を送りつけてくるなどストーカー行為をする変態君の予感。それでも不倫上司からイヤがらせを受けて発狂寸前のヒロインは、この謎男にベタ惚れで、@をつけて二人の狂ったオノロケ・ツイートを衆人に晒してご満悦。やがて謎男は不倫上司を殺害したとツイートすると、このつぶやきを捕捉したホリエモンもどきがRTしたからさア大変。果たして犯人は件の謎男なのか、そしてその正体は、……という話。
抜群の読みやすさとともに、メンヘラ・ヒロインと謎男との苦笑抜きでは語れないデレデレ・ツイートがまず秀逸で、コロシが発生する前からそうした意味でのディテールに悶絶しながら愉しめるという点では本作、好事家のためのエンタメ小説としての完成度はかなりのもので、ヒロインが謎男と知り合ったときの会話をざっと引用してみると、
「理系の方ですか、もしかして」
「いえ、別に理科系でも文化系でもないです。僕は僕でしかないので」
そんなじらしプレイで傷ついたハートをガッツリと・拙まれてしまったヒロインは、男がダンマリを決め込むや「何か言ってください、『雲』さん。一人にされると淋しいです」と、……繰り返しになりますが、ダイレクトメッセージではなく、@つきで「一人にされると淋しい」などとサムいつぶやきを衆人環視の元でブチかましてしまうところは相当にアレながら、実をいうとこうしたヒロインの「ネタにしたくなる」アレな行為はこれすべて真相への伏線になっています。
上にも述べた通り、確かに真相は本格ミステリではすでに数年前には陳腐化してしまい、よほどの見せ方をしないと「今頃コレかよ、ゲハゲハ」などとすれっからしのマニアからは嘲笑されかねないネタだったりするのですが、本作の場合、そうしたおトイレ臭いネタとツイッターという時事モンを重ねてみせた趣向が秀逸です。とはいえ十億人という大変な数のユーザがいるものであれば、それだけ仕組みに知悉した読者がいることは明らかで、トレンドを狙った仕掛けが結果として、逆に事件の真相を容易に気取らせてしまうことになってしまったのもまた事実。
新しいネタと古いネタを組み合わせただけでは、上に述べた通り、本格ミステリとしてはかなり緩い作品という評価も必然ながら、しかしここで一歩離れたところから本作をメタ・ミステリとして読んでみると、また違った感想を持たれるのではないでしょうか。
ツイッターという流行に阿ったシーンを物語の中心に据えているだけでも十分に「ネタ」となりえる本作、さらには不倫した挙げ句に出社拒否というヒロインも「ネタ」、そしてヒロインと謎男カズトとの衆人環視のおノロケツイートなどは、ツイッター上におけるミステリ・クラスタの住人であれば絶対に「ネタ」として使ってみたいという会話がテンコモリ。実際、上に引用した「僕は僕でしかないので」を典型として、
「先祖がイルカだから、泳ぎがうまいんだね、つぐみは」
「実はわたし、水に入ると足が尾びれになっちゃうんだよ」
「冗談でしょう?」
「ごめんね、冗談です」
「ありがとう。さっき嫌なことがあったから、カズトと話せて嬉しいかも」
「嫌なことって?」
「不倫の元カレからの電話をうっかり受けちゃったの。すごく嫌なことをいわれて、また調子悪くなっちゃったよ」
「じゃあまた、吐き気がしたり?」
「うん。今日は頭が痒くなって掻きむしっちゃった。爪の中血だらけ」
「可哀相に」
知り合うなり住所を特定されて毎日薔薇を送りつけてくるという、男のストーカー行為も相当に「ネタ」ですが、頭を掻きむしって爪の中が血だらけだと衆人環視でツイートしてしまうヒロインも相当に「ネタ」的でかなりアレ。こうして読むと、本作は「ネタにしてくれ」といわんばかりのディテールが相当にハジけているわけで、ここまで「ネタ」に徹すれば、ツイッター・ユーザーの中にはこの相当に寒いヒロインの会話をツイッター上で「ネタ」にし、さらには(以下文字反転)「どうせだからこのカズトのお寒いツイートをbotにしたら面白くね?」などという奇特な御仁が一人や二人現れてもおかしくはない、……というか、作者はそこまでを見越して本作にこうした「ネタ」を大量投入してみせたのでは、……とそこまで深読みしてみると、本作もまた違った視点から評価することができるのでは、と思うのですがいかがでしょう。
さすれば、本作を原点とする「ネタ」はツイッター上において大量消費され、そこから本作に描かれたような事件がリアル世界で発生してもおかしくはなく、……「電脳」に詳しい作者であれば、この「物語」を『クラウド』という一冊の本の中で終わらせるよりは、そうした「ネタ」の拡散を企図して、「エヘヘ……家に帰るまでが遠足です、ってそれと同じように、この物語もね、ツイッターでネタにされた挙げ句、ホンモノのカズトが誕生し、リアルで本作に書かれた事件が発生するまでは終わりじゃないんだヨ。この『クラウド』、そういう意味ではメタ・ミステリなんだナ」という作者の忍び笑いが聞こえてくるような気がします。
というわけで、虚実の壁を超えて本作をメタ・ミステリの傑作に昇華させるには、是非とも読者である皆さんがツイッターに参加されることが必須というわけで、「読んだだけじゃまだまだ終わりじゃないんだヨ、エヘヘ……」という作者の企みを完成させるためにも、本作を読了した方でまだツイッターのアカウントも持ってない方はそこのところヨロシク、――とうまくまとまったので、これくらいにしておきます。
冒頭にも述べた通り、読み口は軽く、物語そのものはなかなかに愉しめるので、本格ミステリの謎とか真相とかチマチマしたことはどうでもいい、とアバウトなかんじで「ネタ」として愉しむのであれば、かなりオススメできると思います。