『人生の一椀』に続くクラニーの時代モン第二弾。このシリーズは「火盗改香坂主悦」に比較するとド派手なチャンバラもなし、さらにはミステリ風味も薄味ということで、自分のようにクラニーのサインが欲しいがために『アンドロイド情歌』を購入した挙げ句、オマケに『ふるふると顫えながら開く黒い本』のダウンロード版までゲットしてしまうようなよほどのファンでない限りは手に取らないのでは、……と推察されるものの、ミステリやホラーといったクラニーの得意科目とはひと味違った直球の人情時代モンとして見ればなかなかの逸品といえるのではないでしょうか。
収録作は、死に際の許嫁にうまいモンを喰わせてあげたいという願いにクラニー的趣向の文字遊びが光る表題作「倖せの一膳」、料理の鉄人のクラニー版ともいえる風雅な遊びに後の伏線も交えた「味くらべ」、前半にこれまたクラニーらしい見せ方の仕掛けを添えた「一杯の桜湯」、ほら吹き息子の頼みで一芝居うつことになった主人公の演技に、連作らしい味の饗宴で見せてくれる「かえり舟」の全四編。
たとえば『人生の一椀』 に収録されていた表題作のような、ミステリっぽい遊び心が見られる作品は今回はナッシング、――とはいえ、「一杯の桜湯」はある意味、アレ系にも通じる、引き算から醸し出される違和感をイッキに明かして人情ものとしての強度をあげた前半の展開が見事です。この仕掛けが明かされるところはシッカリと傍点つきで明かされるのですが、ガチな人情噺の中にも、こうしたクラニーらしさを感じてニヤニヤしてしまうのはマニアならではの醍醐味でしょう。
「味くらべ」は、集められた料理人がそれぞれのお題にそった料理で競ってみせるという展開で、主人公・時吉が勝利するであろうというのは期待通りながら、見所はやはり最後の決勝戦に出されたお題に時吉とその相手がどのような思いを込めてみせたのか、その逸話が語られるところがいい。しっかりと人情噺で締めくくる展開はベタすぎるのですが、ここで語られたあるものが最後の「かえり舟」でさりげなく活かされている趣向がステキです。
表題作である「倖せの一膳」はフツーに読み流せばこれまたフツーの人情モンと納得できる風格ながら、文字遊びと暗号に格別のこだわりを見せるクラニーのファンとあれば、その料理に凝らされた判じ物とそこに込められた思いにウンウンと頷いてみせることしきり、フツーの時代モンだってタダでは終わらないよ、という奇天烈ミステリーをものするクラニーの心意気を見せつけられた気がする、……というのは考えすぎでしょうか。
個人的には時代モンでは「火盗改香坂主悦」シリーズの新作の方を期待しているのですが、ほっこり愉しめるという点では本シリーズの方が上。ド派手なチャンバラもなく、昭和モンに舞台を変えても十二分に通用しそうなクラニーらしいやさしい筆致によって語られる物語は、バカミス作家である倉阪鬼一郎の読者にもかなりの物足りなさを感じてしまうものの、版元が期待しているであろう二見時代小説文庫のファンであれば安心して愉しむことができるのではないでしょうか。