門前ミステリといえば、『屍の命題』を典型としたトンデモな奇想がウリ。本作も『屍』に勝るとも劣らないかなり異様なモチーフを用いた密室殺人を開陳してくれる怪作で、個人的にはこの密室殺人に使用されたある異様なものと探偵の秘密との重なりによって立ち現れる悲壮な構図に惹かれました。これは偏愛したい一冊。
物語は、自らの出自を知りたければここに来るとイイことあるよ、なんて奇怪な手紙をもらった男が山奥の廃業した温泉宿を訪ねていくと、そこの座敷牢ではかつておぞましい密室殺人があったと聞かされる。さらに彼がこの宿を訪ねたことをきっかけに、男の無二の親友であった探偵までもが件の座敷牢でバラバラ死体となって発見され、……という話。
そのあまりに異様なトリックと真相に相反して、門前ミステリはネタを早くに割ってしまうので面白くないという意見も散見されたりするものの、本作では特に主人公の男を助ける探偵の秘密に絡めてはクドいくらいに傍点付きで「ここに注目、注目だよッ!」てなカンジで、再三伏線が作者の手によって注意喚起されるという親切設計ゆえ、読者のほとんどはその主人公と探偵の関係に隠されたあるものについてはすでに前半で見破ってしまのではないでしょうか。
実際、自分もこりゃあどうも都合が良すぎるなア、なんてかんじで読み進めていったら案の定だったわけですが、おそらく本作に関してはこのネタが早々に割られることは想定内。むしろここでは、主人公と探偵の秘密とともに、密室殺人の仕掛けに用いられたあるものとの対蹠によって浮かび上がってくる悲壮な構図に注目したいところです。
本作では身体と精神という相反する二つの側面が、密室殺人と主人公の秘密を支えてい、密室殺人の真相が明かされた瞬間、「犯人」が犯行によって獲得した「自由」は逆にこの人物の心を「拘束」し、新たな悲劇を生み出したのだとする結末によって皮肉と悲壮さを際立たせているところが秀逸です。
真相が開示されても結局、誰も救われていないのではないかと思わせるこの幕引きには、さらにアレ系にも通じるシーンの挿入によって誤導を効かせ、この誤導がまた上に述べた重なりを真相開示の時点でより強調する効果をもたらしているところも素晴らしい。
『浮遊封館』は、本格ミステリ史上、最凶最悪の真相ではないかと思わせる幕引きと悲惨さゆえに、個人的には相当の覚悟がないとまずもって読み返す気も起こらないという壮絶な一冊ながら、本作にはあそこまでの凶悪ぶりはなく、むしろ事件の構図を取り巻く登場人物たちの何ともやるせない悲哀の方が前面に押し出されているという風格ゆえ、『屍の命題』も含めた三編の中ではもっとも読みやすいところも含めて、異形の本格を誇る門前ミステリの入門書としてもビギナーにオススメできる一冊といえるのではないでしょうか。