中華モノでおまけに武術絡みとあればこれは完全に自分の好みのド真ん中、さっそく讀んでみたのですけど、本格としての技巧で筋の良さを見せ、また小説としての旨さも光る正に佳作、といったかんじでしょうか。
収録作は、武術の達人の不可解な毒殺事件に仙人フウの老人が可愛い娘っ子をしたがえてホームズばりのひらめき推理を見せる「殺三狼」、足跡のない不思議事件にバカミス的奇想も織り交ぜて秀逸な騙し技が炸裂する「北斗南斗」、いわゆる密室殺人にこれまたバカミスすれすれの奇想トリックから人生の機微を描き出す「雷公撃」、そして殺人武器に絡めた変死事件の謎が素晴らしい反轉の構図を見せる極上の逸品「悪銭滅身」の全四編。
ジャケ帯の裏には「殺三狼」が第三回ミステリーズ!新人賞を獲った時の選評が記されておりまして、有栖川氏曰く「この作品に受賞してもらわないわけにはいかない」なんてアジっているものですから大期待して讀み始めたものの、実をいえば収録作の中ではこの冒頭の「殺三狼」が個人的には一番イケてない一編で、讀了後はかなりの不満にイライラしてしまい、このあともこんな調子じゃイヤだなア、なんて考えてしまいまして。
とりあえずその「殺三狼」ですけど、かつては武術の達人であったとおぼしき男が毒殺されて、毒味係もいたから、毒味もしていない薬を調合した親父が犯人に確定、とこの薬屋のご主人がしょっぴかれてしまいます。困った娘っ子がオロオロするなか、いつも酒を恵んでもらっていた怪しい爺さんがフラリとやってきて助けてやるという。果たしてこの爺の直観推理によって事件は解決、という結構です。
ただ、若竹氏が選評で指摘している通り本作には「聞き込みシーン」がテンコモリでありまして、この聞き込みを行うにしても、ひらめき型の探偵がコトの眞意も告げないまま、讀者は娘っ子と一緒にこの調査に付き合わされるという展開でありますから、変死体を探して町中をウロウロするところで個人的には何だこりゃア、となってしまいまして。
確かに軽妙な調子で聞き込みシーンを描いているところでは、若竹氏が評価している通りに「退屈になりがちな聞き込みシーンを飽きさせない」のでしょうけど、そもそもが聞き込みシーンを大胆にフィーチャーした構成が些か古くさく感じられるところが自分としてはかなりアレ。
勿論、密室殺人が發生すれば天才探偵が住人のアリバイの聞き込みを順繰りに行っていくという黄金期ミステリでは定番のシーンがなければ本格じゃないッ、なんて拳をふりあげて力説される本格理解者であればこのあたりも没問題、――とはいえ、現代の本格としては天才探偵が自分の思うところも告げないまま聞き込みに奔走するという構成は些か古すぎるのではないかな、と感じてしまうのはやはり自分だけでしょうか。
そしてこのあとに開陳される推理も、推理というよりは、あくまでこれらの聞き込みで行った行動の裏取りを解説するというもので、そもそもが事件の手掛かりへの「氣付き」をスっ飛ばして聞き込みから眞相の開示へと流れるところは、推理に大きな比重をおく現代ミステリと見ればかなり弱いように感じられてしまうですが、如何でしょう。
実際の眞相も、あくまで個人的な感想ではありますが、あんまりパッとしないというか、……聞き込みシーンに比重を置いた中盤から、推理というよりは探偵の裏取りの解説に終わってしまっているという歪な構成ゆえ、眞相開示によってもたらされる驚きも感じられなかったところがちょっとアレ。もっとも探偵と野郞が最後に「口角泡を飛ばして」(爆)みせるところはかなりの読み応えで、こういうシーンだけでも作者はイケるんじゃないかな、と思ったりしましたよ。
しかしこの後に収録された三編が、これらの不満を完全払拭するかのように素晴らしい逸品揃いでありまして、「北斗南斗」では主人公が氣を失ってフと目を覚ますと女の屍体がゴロリと転がっていたから超吃驚、しかし足跡もないし、いったいどうやって犯人はこの女を殺したのか、という本格マニアが待ちかねていた足跡ネタで押しまくります。
しかしこの足跡トリックの眞相たるや、探偵もツマらないものだと苦笑してしまうほどの脱力ものながら、キワモノマニア的にはここで「大坪砂男かいッ!」とツッコミを入れてあげるところでしょう。実は本作の見所はこの脱力トリックの眞相が明かされた後からで、プロローグの場面に込められた騙し技が炸裂、主人公と従者との關係に人生の機微を見せる小説的な技巧も冴えを見せ、素敵な余韻も残して幕となります。
續く「雷公撃」では、「北斗南斗」に感じられたバカミス的奇想でガチンコ勝負を狙った作品です。密室の中で殺されていた男に銃声と、その装飾部分からして本格マニアは俄然引き込まれてしまうのですけど、凶器の反轉に奇想が炸裂するバカミストリックにはもう脱帽。この仕掛けには何となく泡坂ミステリっぽい雰囲気も感じられ、思わずニンマリしてしまうこと間違いなしの一編でしょう。
最後の「悪銭滅身」だけは短編というよりは中編ほどの長さを持った作品で、プロローグの暗殺シーンから、調査の過程では恐ろしい凶器の存在が仄めかされ、これが最後に意外な眞相へと繋がる構成も秀逸です。切れ味では「雷公撃」が上回るものの、登場人物との交わりを含めた小説的な結構では書き込みの多いこちらの方が上でしょうか。
調査の過程で不審死の連鎖がたちのぼってくるところの展開では、「殺三狼」と同様の不満を少しばかり感じてしまったものの、後半に添えられたアクションシーンの素晴らしさにそんな不満も吹き飛んでしまいました。活劇ものだけでも充分にイケるような風格ながら、やはり「雷公撃」で濃厚に感じられる本格ミステリの筋の良さをもっと伸ばして長編も書いてもらいたいなア、と期待してしまうのでありました。
冒頭の「殺三狼」にあまりピン、と来ない方(って自分だけですかねえ)も、そこで投げ出さずに是非とも續く三編に進んでもらいたいと思います。