「本格ミステリ05 2005年本格短編ベスト・セレクション」に収録されていた「覆面」。ミステリとしてだけではなく、格鬪技を軸にした豐穣な物語に魅了されてしまった自分でありますが、この「覆面」は本作のなかの一編だったんですねえ。
という譯で、本作は「覆面」に登場したプロレスファンの城島と三瓶を刑事に据えた連作短篇集です。
「覆面」はこのなかの最初の物語で、実はこの作品には本作に通底するすべての謎、そして物語の伏線が含まれています。
「覆面」では、事件の仕掛けは明らかにされたものの、眞犯人は捕まっていず、事件はある筋からの壓力によってもみ消されて迷宮入りとなってしまいました。
そして事件の眞相を知っていた事務所の社長、寿が引退することによって物語は終わっていたのですが、第二話、「偽りの最強」は「覆面」の事件から六年後、横浜アリーナで犬飼優二が旗揚げした新しい團體サード・レボリューションの試合を城島が戀人と見に來ているところから始まります。
このサード・レボリューションの試合が八百長かどうかというあたりがこの後の事件にも大きく關わってくるのですが、このあたりのプロレス業界の内幕をわかりやすく説明しているところもいいですねえ。
水道橋のホテルで、サード・レボリューションのフロントが死体となって発見され、そこで城島は犬飼と六年ぶりに再会することになります。
死体はバスルームで首を吊っていたのですが、犬飼たちは自殺だと主張するものの、現場には奇妙なところもあり、城島には自殺とも思えない。果たしてこれは殺人なのか、という謎で引っ張るのですが、ここに團體のエース沢木の試合が組まれるに至った内幕などが絡んできます。
犬飼の協力と城島の謎解きによって事件は終息するのですが、事件の背後にあった眞相が最後に大きな反転を見せて、動機が明らかになっていく展開がいい。
この第二話は城島が社長である犬飼に「もう戰わないのか」と尋ね、犬飼がある台詞をいうところで終わり、次の第三話へと進みます。
またこの物語の繋げ方が本當に巧みでして、第三話「ロープ」では見事に騙されてしまいました。まさかこんなところでアレ系の仕掛けを見せられるとはまったく思っていませんでしたよ。
これもまたプロレス業界の内幕が物語の動機に大きく絡んでいるのですが、犯行方法はまったく予想外のやり方ながら、本作でとにかく際だっているのは上にも書いたようなアレ系の仕掛けです。勿論この物語の見所はこれだけではなくて、寿と犬飼の試合の最中にこの仕掛けが明らかにされるという趣向も素晴らしい。ミステリとしてだけではなく、こんなところにも物語の見せ方を心得ている作者の冴えをうかがい知ることが出來ます。そしてこの仕掛けも単なる虚假威しではなくて、その後の展開と最後の大団圓にしっかりと絡んでくるんですよ。
そして第四話の「誰もわたしを倒せない」。ここでは第二話でふれられた八百長試合のことが再び動機として提示され、第二話の伏線が回収されます。
第二話で團體のエース沢木をコテンパンに打ちのめしたダレン・スチュードがこの物語では殺されるのですが、ここでもプロレス業界の内幕と世界最強の神話に取り憑かれた男達の郷愁が物語に深みを与えていまして、ここからしてすでに本作はミステリとして纏まろうとするのを突き拔けて、第一話から連なる「人間の物語」として終息するのではないかとの予感が感じられていました。
で、こんな期待を上回る幕引きを見せてくれるエピローグがまさに素晴らしいのひとこと。連作短篇らしく、各話ごとに与えられていた謎解きの背後にあった眞相がここでは明かされます。この反転とカタルシス。そしてそれに對するプロレスファン城島の心意氣がまた泣かせる。
まさに本作はミステリであると同時に、高度な格鬪技小説。というか、プロレスという人間劇場から抽出された純度の高いミステリとでもいいましょうか。
格鬪技ファンは勿論のこと、普通の本格ミステリファンだって本作の連作に仕掛けられた展開にはきっと唸ってしまうでしょう。
そしてまた卷末に添えられた笹川吉晴の解説がアツい。何たって出だしが、「この世の中には二種類の人間がいる。全てを< プロレス>によって考える人間と、そうでない人間である」ですからねえ。
力道山、ルー・テーズ、カール・ゴッチが、黒岩涙香や江戸川乱歩と同列に語られる解説なんていままで讀んだことありませんよ。本作の餘韻を堪能しながら是非この解説にも目を通していただきたいと思います。
「プロレスラー、人間、男」を描ききった一級品の小説であると同時に、ミステリとしても絶品。これは思わぬ掘り出し物でした。
作者はこれが初刊行本とのこと。これは俄然次作を期待してしまいますよ。でも本作が評價されたら、編集者は「伯方さん、處女作が評判良かったんで、次も絶對プロレスもので御願いしますよ」なんていわれていそうでちょっと心配です。
これだけのものが書けるのであれば、プロレスを舞台にせずともきっと素晴らしい物語が書けると思うのですが如何。とはいいつつ、今度はプロレスだけじゃなくて古武道とかも据えた異種格鬪技の世界を舞台にした本格ミステリを書いてもらいたいなあなどと期待してしまう自分も如何なものか。
ところでジャケなんですけど、これって独歩の菩薩拳でしょうか。考えすぎか。