シリーズ最新作。前作は正直アンマリ印象に残っていないのですけど、今回収録の三篇は風邪でブッ倒れている中の読者にもかかわらず、なかなか愉しむことができました。収録作は、「片付けられない」男という今フウの様態に、あるものを二乗化させた強引さが光る「だらしない男の密室」、革服の男という奇天烈殺人鬼の暗躍にさりげない気付きと、これまたあるものの反転が事件の様態をひっくり返すという結構が秀逸な「≪革服の男≫が多すぎる」、ハリウッドホラー的な見せ方から一転して脱力なアレネタへと跳躍してみせた「三人の災厄の息子の冒険」の全三篇。
「だらしない男の密室」は、個人的には一番お気に入りの一篇で、マザー・グースの唄の通りに、とっちらかった部屋でフと眼を覚ました男の傍らには死体がゴロリ、というネタで、あるものを巧みに隠蔽してみせることで、犯人の消失という不可能犯罪に見せる手さばきが秀逸です。
それを、被害者が部屋を「片付けられない」理由へと結びつけることで、あるものが二乗化されていたことを明らかにするところが本作の大きな見所で、それによって不可能状況が一気に氷解するとともにフーダニットまでもが解決してしまうというスマートな解法もマル。マザー・グースの唄という見立てが、あるものの隠蔽をさらに強固にしているところは勿論なのですが、個人的には、この隠蔽を不可能犯罪の様態へと昇華させた見せ方そのものに惹かれました。
「≪革服の男≫が多すぎる」も、事件に関わった人間の証言が奇妙という点では「だらしない男の密室」にも通じる展開ながら、こちらは目撃証言にさりげない伏線がはられてい、そこに言及されていたあるものとあるものを反転させることでアッサリと事件の構図が明らかにされる見せ方が美しい。
またこの伏線への気付き、――その布石を件の収監された殺人鬼との会話の中にさりげなーく仕込ませているところなど、構図へと繋げるそれぞれのピースは非常にさりげないものでありながら、それでいて事件の真相が明らかにされてみれば、非常に大胆な伏線であったことが明かされるところも面白い。
「三人の災厄の息子の冒険」は、ある場所へと連れ込まれた三人の男たちがフと眼を覚ましてみると、……というソウ・ネタのような展開を見せながらも、三人の男たちがクリソツであったり、その場所とおぼしきところが謎めいていながら、物語の外にいる読者にしてみれば、キッドたちも一緒にいたりと違和感アリアリの展開がキモ。
顔がクリソツという点については、マザー・グースの唄に絡めて、中盤、ある理屈が開陳れるものの、そこから人間消失など不可能犯罪が大展開されるのかと思っていると、最後の最後に増加博士と目減卿が出てくるんじゃないノ、というような脱力ネタでジ・エンド。
これは完全に確信犯で、ひとつひとつの不可能状況や謎を脱力一発ネタで強引に回収してしまうやり方はほぼ禁じ手といえるものながら、まあ、このシリーズだったらこういうのもアリかもね、と納得させてしまう軽さが微笑ましい。
大ネタは少ないながら、細やかな伏線に反転を見せた構図の組み立て方や、あるものを隠蔽することで不可能状況に見せる技巧など、安心して愉しむことのできる一冊といえるのではないでしょうか。