小森氏というと「コミケ殺人事件」や「魔夢十夜」など、ほとんどキワモノといってもいいような怪作が印象的ながら、本作は短編集。着想の妙に唸らされる作品も多く、個人的には堪能しました。
収録作は、「ファンタジー的な異国もの」と謙遜する作者の言葉とは裏腹にチベットという土地ならではのリアリティ溢れるネタを真相に絡めた「チベットの密室」、インドを舞台にアバウト過ぎるインドの列車というリアルを逆手に取ったトリックとオチが光る「インド・ボンベイ殺人ツアー」、インドを舞台にしたダブル不倫の構図がバカミス的なオチへとハジける「ロナバラ事件」。
男子トイレの小便器の前に延々と佇むボーイの謎を解く「池ふくろう事件」、阪神ネタの謎々に田中啓文も苦笑するしかない脱力のオチを添えた「一九八五年の言霊」、日の丸英語の受難とアリバイネタの融合という発想がステキな「死を運ぶ雷鳥」、悪筆作家センセの秘密に連城ミーツ折原のような反轉劇が炸裂する「疑惑の天秤」の全七編。
個人的な好みでいえば、やはり最後の「疑惑の天秤」がピカ一で、字がヘタクソな作家センセを兄にもった弟の視点から、夫婦喧嘩の秘密を推理していく、――という軽いネタかと思いきや、喧嘩のきっかけとなった奇妙な告発文から作家センセの旦那に不倫疑惑が浮上、そこから連城ミステリを彷彿とさせる反轉劇が展開されるという結構が秀逸です。小説講座の教え子や代筆の本妻など、折原ミステリを想起させる人脈構図もステキで、後半は脱力ホラー的な流れから折原ミステリを読み慣れたミステリ讀みの期待通りともいえる真相開示で締めくくります。
前半に添えられた疑惑の告発文の意味解釈が二転三転するごとに探偵の視点から見た登場人物の印象が大きく變化していくところが見事で、小森氏らしくないといえばその通りなのですけど、個人的にはそのらしくないところも含めて、かなり愉しめてしまいました。
前半に収録された探偵星野君枝が大活躍(?)する作品も、結構そのものは一つの事件にトリックを添えたシンプルなものながら、チベットやインドなど、その土地でしか起こりえない奇妙な事件の構図を、外か來たものの「気付き」によって解き明かしていく構成がいい。
「チベットの密室」はタイトルにこそ「密室」という言葉が添えられているものの、中国役人どもの馬馬虎虎ぶりというリアリズムを基調とした真相は苦笑ものながら、密室という言葉でマニアが抱く先入観を逆手に取ったような「ずらし」が秀逸が一編でしょう。
「インド・ボンベイ殺人ツアー」も、その土地ならではの事件という点では「チベットの密室」と同様の着想が光る作品で、アリバイ崩しにインドの列車というネタをブチ込んだ無理矢理感がいい。当然探偵の推理にはインドの列車のいいかげんぶりも折り込みずみで、そのリアリズムを逆手にとったトリックと、最後のこれまた苦笑してしまうようなオチも微笑ましい。
「チベットの密室」、「インド・ボンベイ殺人ツアー」では、探偵の星野君江が推理を披露しながらもそれらが徒労に終わってしまうという展開が見られたものの、「ロナバラ事件」はその真相も含めて、前二編に比較するとやや異色に感じられた物語。
インド男に嫁いだ大和撫子がフランス野郎と不倫、という国際色溢れる人間関係から、インド人の旦那のコロシを推理していくというもので、探偵が調査を進めていくうち、不倫は大和撫子のみならず、インド野郎もシッカリ外でオンナをつくっていたというダブル不倫が明らかに。さらには大和撫子の奇妙な振る舞いや各人の証言から探偵が推理した真相は――。
これもネタ的にはシンプルながら、調査の課程で明らかになるダブル不倫の構図から何やら昔懐かしい探偵小説を彷彿とさせるネタを明らかにするところなど、探偵の夢講義なども含めて幻想ミステリ的ともいえる奇想が光る一編でしょう。
「池ふくろう事件」は日常の謎で、男子トレイの小便器の前で延々と立ち続けるボーイの謎を解く、というもの。探偵が真相を明らかにするまで、自分はこのボーイ、ただ単に大事なイチモツをズボンのチャックにド派手にはさんでしまって、その場を離れようにも離れられなかったのでは、なんて軽く考えていましたよ(爆)。
「便所の中はすいていましたから、空くのを待っている人はいませんでした」とはいえ、池袋の公衆トイレといえば入り替わり立ち替わり人が入ってきていたに違いなく、そうとなればイチモツをむき出しにしたままの状態では件のボーイは一歩たりとも動くことはかなわず、人が完全にいなくなるのを見計らって個室に入ろうと狙ってはいたものの、件の作家氏があまりにジロジロ見ているものだから、結局その場から動くことも出來なかったのではないか、と――探偵ならぬ作家氏の視線が「謎」をつくりだしていたという逆説的脱力のオチを考えてしまった自分はかなりアレ。
長編の怪作ぶりに比較するとスマートな風格の短編ながら、巧みの技も愉しむことが出來る一冊といえるのではないでしょうか。