クラシックな呪力と幻想力。
「このたわけがッ!」の「冤罪者」をはじめとする、実話ネタでアレ系の作品を紡ぎ出すことに巧みな折原氏が、実話ネタというよりは、実在の画家、石田黙を大胆にフィーチャーしてミステリに仕上げた作品がこれ。
何かあまり評判は良くないみたいなんですけど、一讀して非常に自分好みの作品であることに嬉しくなってしまいましたよ。折原氏らくない、非常に通俗的で古典的なトリックを使ってアレ系に仕上げているところなど、ミステリ作品として見た場合は確かに弱いかなという氣はするものの、掲載された石田黙の繪の幻想力と共鳴して強烈な呪力を喚起する作品は、ミステリというよりは幻想小説に近いような氣がします。
登場人物たちの語りによって石田黙の繪が細密に描寫されていく文章なども含めて、とある部屋に閉じこめられている記憶喪失の男の独白や謎の画家の存在など、結構はミステリの手法を採用しつつ、石田黙の作風に押されてかそれらが幻想に突き拔けてしまっているところが個人的にはナイス。
物語は、美術系出版社で編集をしている主人公が、銀座の古物商で一枚の不思議な繪を見つけるところから始まります。その前にまた例によって記憶喪失男の怪しいモノローグがあったりするんですけど、このあたりは御約束ということで軽く流していくと、その繪の作者の経歴はまったく不明、主人公はさながらこの繪の魔力に取り憑かれたかのごとく、オークション次々と出品されてくる作者石田黙の繪を落札しようと一生懸命。
やがて、主人公がハマったオークションに宿敵の女が登場、二人はある女性画家の絵画展で邂逅することとなるのですが、この女画家、失踪した兄の手懸かりは石田黙の繪にアリと信じている。二人はいいかんじになりながらも、石田黙の繪をゲットする時にはライバルとして競いあいつつ、少しづつ明らかにされていく謎の画家、石田黙の行方を追っていくのだが、……という話。
このほか、ゲスい美術評論家や、かつて石田黙が住んでいたという家にいる謎の老人なども交えて、例によって例のごとくの折原ミステリが展開されていきます。ただ今回は石田黙の魅力をミステリファンに紹介していくというもう一つの目的も含まれている故か、物語の展開がいつになく悠然としているところがいつもの作者の作品と異なるところでしょうか。
とはいえ物語の中盤あたりに例によって例のごとく登場人物が背後から頭をブッ叩かれて大昏倒、という場面が用意されているし折原氏の作品の中では異色作といえど、御約束はしっかり踏まえているのでご安心を。
石田黙を追いかけていく主人公の視点のほか、物語のプロローグで登場した記憶喪失の男の独白が印象的で、この男の不氣味節と石田黙の作品の雰圍氣が次第に共鳴していく中盤以降の展開も見所もひとつでしょう。
特に主人公と兄の行方を追っている謎女が結ばれて、黙の「夜光時計」の繪の構図と重なりを見せるところなど、繪世界が物語に侵食していくところの風格は完全に幻想小説。また記憶喪失男の過去の回想とも狂氣の妄想ともつかない独白が黙の繪世界の説明へと繋がるところや、黙の繪の中で使われた電話のようなアイテムが異世界へ連結する小道具として使われているあたりの藝の細かさも秀逸です。
混沌とした物語の構図に反して、というか、石田黙の繪畫の釀し出す呪力に生氣を吸い取られてしまったゆえか、登場人物もいつになく人形めいていて、物語で重要な役所を果たすのだろうと予想させた謎女が思いのほか後半の展開に絡んでこないところなど、折原ミステリとして見た場合、ちょっといつもと違うなアという雰圍氣こそあれど、幻想小説として見れば個人的には沒問題ですよ。
石田黙の絵画が今になって市場に出回るようになった理由は何なのか、そして石田黙は今どこにいるのか、さらには記憶喪失の男の正体は、というミステリ的な謎は最後に回収されるのですが、ここに使われていたトリックが古典的なアレだったところがちょっと意外。アレ系というよりは、今回はこの古典トリックの使い方が際だっていて、このあたりもいつもの折原氏の作品にしては少し毛色が違うかな、と思った次第です。
個人的に本作のクライマックスは、主人公が黙の妻を訪ねていき、謎の画家のポートレイトが明らかにされるところだと思ったりするのですが如何でしょう。この元妻と今回の事件の重要なキーマンの回想が不思議に心に沁みるところもツボでした。
もっともここでせっかくちょっとした感動に浸っているところなのに、例によって例のごとく背後から頭を殴られて昏倒してしまうといった折原氏らしい惡ノリはあるものの、自分としては幻想小説として非常に堪能しました。もしかしたら、作者の作品の中では一番好みかもしれませんよ。
ミステリとして讀むよりは、石田黙の繪畫の呪力をミステリという構図の中に封印した幻想小説、みたいなかんじで讀まれるのも一興でしょう。折原氏のファンのみならず、寧ろ自分みたいにミステリだけじゃなくて、ウィーン幻想派とかシュールレアリズムとか、ギーガーもベクシンスキーも長谷川潔も黒ければみんなラブ、みたいな所謂「ヘンな人」の方がよりいっそう本作の魅力を堪能出來ると思います。おすすめ。