メフィスト賞受賞作、蛸をあしらったマヌケなジャケ、「こるもの」と「まほろ」にも通じるひらがなで人を喰ったような筆名、さらには有栖川氏の推薦文と、これだけのものがそろい踏みとあればほぼ地雷は確定、といってもいいと思うのですけど、確かにキャラといい、そのハシャギぶり、アレっぷりは激しいものの、今回ばかりは簡單に地雷とも即認定出來ないひねくれぶりで、個人的には非常に愉しめました。
内容を述べる前にまずは有栖川氏の手になる推薦文を引用しておくと、
何が作者をそうさせるのか、黒光りする拳銃を片手に、本格ミステリを打ち倒そうとする生意気な新人が現れた。われらのパラダイス、絶体絶命のピンチ。だが、しかし――その拳銃にこめられているのは、本格ミステリという弾丸だった。また新たな危機が本格ミステリを襲い、冒険の果てに、道が拓ける。
「生意気な新人」という有栖川氏の言葉にもある通りに、非常に挑發的というか、批評的というか、とにかく本格ミステリマニアを斜めから眺めて嘲笑する立ち位置が素晴らしく、いかにもコード本格を踏襲したかのように、孤島に館に密室殺人のコンボを設えながらも、昨今のキャラ萌えの風潮に阿るように美少年の雙子探偵を配してみせるという周到さが秀逸です。
孤島、館、密室と、いかにも本格ミステリマニアに色目を使った風格を見せながらも、それらはすべて後半に用意されたある大がかりな企みのためであって、ゆめゆめ騙されてはいけません。
物語は、お魚大好きでコロシを引き寄せる兄さんと、探偵の弟という美少年雙子、それに彼らのお守りを勤める刑事たちが、ミステリ作家たちの集う孤島の館へと參集、そこで密室殺人が発生して、――という話。
何よりも事件をお守りの刑事の視点から描いているところが秀逸で、探偵やお魚マニアのアレっぷりに眉を顰めつつ、その一方で本格マニアの作家どもの常人とはまた異なる奇天烈さをも斜めに構えて見ているところがステキです。地の文でややくどいくらいに語られる皮肉や批評はそのほとんどがこの刑事のモノローグの体裁を持っているのですけど、敢えてスマートな一人称で纏めずにこうした書き方を採用したところにも作者の企みが感じられます。
お魚マニアの弟がダラダラと魚の知識や地球創世を語り出す衒學ぶりに本格マニアにはたまらないペダントリーを僞装しながら、それらは盡く刑事の斜めに構えた視点からダメ出しをされてしまったりするのですけど、その実ここには後半で大胆に明かされる捻れた仕掛けが隱されているところもいい。
ノックスやヴァン・ダインをネタにして本格ミステリのお約束を嘲笑するというスタンスは「インシテミル」を通過した讀者にとってはやや古くさく感じられるものの、本作最大の試みは、「犯人がトリックを仕掛け、その謎を探偵が解明する」という本格ミステリの構造を、ノックスやヴァン・ダインのルールをフックにしながら見事にひっくり返してしまったところでしょう。
詳しくは語れないのですけど、トリックを仕掛ける主体を顛倒させることによって古典本格からの足枷を軽々と破ってみせるという將に「掟破り」な試みは大いに評価されるべきだと思います。
また、この顛倒は同時に「謎の解明」という本格ミステリという構造が持っているルールをもご破算にしてしまうという「毒」を持っていて、このまま投げっぱなしにしてしまえばまア、それはそれでダメミスとして評価は出來るのでしょうけど、本作が大きく異なるところはここでありまして、上にも述べた通りに、いかにもお約束をひっくり返した惡餓鬼ぶりを開陳しながらも、この顛倒によって「犯人」と「探偵」の対立構図を強化してみるという仕掛けがステキです。
全体の結構としては、このように批評的な側面を持ちながら、細部においてはシッカリと本格ミステリの約束事を踏襲しているところも素晴らしく、例えば上のトリックを仕掛ける主体の顛倒に絡めた仕掛けが明らかにされるところでは、前半で冗長に語られていたペダントリーの描写がそのトリックの伏線へと轉化し、さらには「美少年双子ミステリ」とジャケ帶にも書かれてあるように、いかにもなキャラ小説を僞装していた仕掛けが姿を見せるという周到さ。これには完全にやられてしまいました。
刑事の心象を語り出したかに見える地の文の皮肉ぶりや、いかにもカッ飛んだキャラの造詣など、最近の若者小説の体裁を持ちながらもその実、作者の本格ミステリに対する批評的な立ち位置も明快で、その顛倒した企図さえ見拔いてしまえば、細部を非常に愉しめるというところは自分のようなロートルに対しても親切で好感が持てます。
それでも、「密室が出てくれば、登場人物たちが騷ぎ立てるのがお約束」とか「密室トリックのハウにこだわるのが真の本格ミステリ」なんて考えている原理主義者にとっては、本作の密室に対するスタンスはまさに噴飯ものながら、それでも最後の最後にはチャンとそのハウが開陳されます。
しかしその真相はこれまた密室の價値そのものを大きく顛倒させてしまう代物でありますから、果たしてこの仕掛けに原理主義者がニヤリと出來るかどうか、――これはひとえに本作の全体に凝らされた本格ミステリに批評的な立ち位置をユーモアとして受け取ることが出來るかどうかにかかっているカモしれません。
何となくなのですが、おそらくこのキャラ小説を僞装してみせたのは、後半、トリックを仕掛ける主体の顛倒、という大技を繰り出すため「だけ」が理由なのではないかという気がします。というのも、「オレ樣、合理的に解明できないことは信じないの。ナンセーンス。アマゾンのナマズの生態なんか知らないっつーの」なんてかんじで、「つーの」とか「マジこれ口当たりいいよ」「てゆか」と、とにかく若者言葉を無理矢理入れている会話文はかなりイタく、作者の經歴を見ると七十七年生まれですから、笠井氏に「本格フィールドでは生きる價値ナシ」と断定されてしまった(だからそこまで言ってないって)六十年代生まれのロートルに比較すればまだマシなものの、三十でデビューとあっては昨今の若者礼贊指向のミステリ界ではかなり辛く、どうにかして「若々しさ」を出そうとしてそれが逆に「痛々しさ」へと轉じてしまっているところにはかなり同情してしまいます。
恐らくはこういった若者フウを氣どらずとも、十分に讀みごたえのある物語を仕上げる力量が作者にはあろうかと推察されるものの、これだけ毒のある批評性を持った風格であれば鮎川賞ではまず下読みの段階で確実に落とされてしまうだろうし、そうなると「メフィスト」対策としてこういった作風を僞装したのカモ、……なんてことを考えてしまいました。
なので、その批評性と若者フウの風格の見事なミスマッチが何だか「まほろ菌に感染した殊能センセが輕くLSDをキメて書いた本格ミステリ」みたいな雰圍氣で、キワモノマニアには堪りません。という譯で、地雷臭をプンプンに振りまいてはいるものの、その実、本作の結構に込められた濃密な批評性に着目できれば見てくれの地雷臭は一掃されて十二分に愉しめるという逸品で、個人的にはユーモアの分かるマニアに讀んでもらいたいと思う次第です。ただ頭のお堅いミステリマニアにはちょっと嚴しいかもしれません。