「ウンタラカンタラ」殺人事件ものとはいえ、作者は直木賞作家の藤田氏、といっても自分としては未だにシニアックの大傑作「ウサギ料理は殺しの味」の譯者という印象が強いんですけど、しかし本作にはそんな奇天烈なおフランス風味や直木賞作家らしい重厚さは皆無、女房の尻に敷かれたダメ男君を主人公に据えて、徹頭徹尾ドタバタとハジけまくったキワモノぶりで物語は進みます。
あらすじはというと、惡徳病院の娘と結婚して婿養子に入ったダメ男君が、怪しげなトカゲ男やコケティッシュ娘と一緒に、病院内で頻発する怪死事件の謎を解いていく、というもの。
霊感商法フウに怪しげなコルセットを賣りつけようとする詐欺師と老婆の會話から始まるプロローグを經て、件のダメ男君がエロ雑誌を眺めてニヤニヤしていると救急車の音とともに何やら急患が御到着。で、この患者というのが先ほど血反吐を吐き散らして失神した詐欺師の野郎で、ダメ男君がボヤボヤしているうちにこの男は血を吐いて死んでしまう。
で、男が吐いた血の中に鈴が轉がっていたという怪異をきっかけに、この病院では突然の停電や車椅子の車輪が外れるという奇妙な事故が續發。ダメ男君はヒョンなことから酒場で知り合った怪しげなトカゲ男とその妹だというコケティッシュ娘の二人と力を合わせてこの謎を解こうとするのだが、……。
自称妖術師のトカゲ男やその妹だという連れの娘の本當の正体も明らかにされないまま、物語は例の鈴を絡めた殺人も交えてドンドン進んでいくのですけど、中盤以降の展開は完全にリアルワールドでの御約束から離れたオカルト世界が大展開。
しかしこのトカゲ男たちが登場する前には、主人公であるダメ男君は自家製の幻覚剤でトリップしているという按排で、果たしてこのトカゲ男の存在も現實のものなのか、それとも彼が見ているただの幻覚に過ぎないのか、そのあたりを曖昧に殘したまま物語が進んでいくものですから、この先ミステリとして總ての怪異が回収されるのか、それともオカルト的なオチをつけるのかまったく先が讀めません。
トカゲ男や魔女っ娘の脱力っぽいギャグとともに、和モノのオカルト知識がブチ込まれているところも違和感がありまくりで、個人的にはこのギャップも本作のひとつの魅力かな、という氣がするのですが如何でしょう。
とはいえ、ギャグとミステリ的な御約束の結構を無視した破天荒な展開は、作者が何処まで本氣なのか判然としない故、このノリについていけないと正直中盤でギブアップしてしまう人もいるかもしれません。
車椅子の脱輪といった、怪異と呼ぶにしても今ひとつインパクトが足りないネタも含めて、尻に敷かれまくりの婿養子である主人公のダメっぷりが執拗に描かれる前半の展開は、「スラップスティック・ミステリー」とまかりなりにもミステリーを名乗っているにしてはミステリ的な吸飲力は若干弱めなところが辛いかな、という氣もするんですけど、トカゲ男たちの宿敵で一連の事件の犯人ともいえる人物が登場してから物語は一氣にその速度をあげていきます。
トカゲ男がイヤ看護婦に魔法をかけてイジめたり、ダメ男君の妻を男に變えたりと、正直訳が分からない脱力フウのネタも交えて、後半はダメ男君が祕かに焦がれる看護婦が危機に陥ったりと、醫者一族に降りかかる呪いの因果が強引に回収されていくところは面白い。
現場に轉がっていた鈴がアレだというところなど、トカゲ男の存在が洋モノっぽいのに對して、怪異の背景はあくまで和モノであったりするところも痛快で、解説の東氏によればこのネタも作者がデッチあげたものではなくて、シッカリとした元ネタがあるとのこと。
眞犯人がワナビーだったというのはある意味意外な眞相で、トカゲ男の宿敵となった惡霊が實はアレだったというところなど、謎解きの部分から、ダメ男の一途な思いが裏切られ、すべてのドタバタは幻だったのか、と思わせるような幕引きまでシッカリと哀愁をきかせてみせる筆運びも素晴らしい。
大眞面目に取り組むような作品ではありませんけど、ドタバタと怪異の表現にブチ込まれた正統的なオカルトネタを堪能しつつ、讀みやすい文体から醸し出される一時代前の脱力感にニンマリするというのが、キワモノマニアとしての本作の正しい讀み方かもしれません。