本土化ダイハード。
この秋にリリースされた既晴氏の新作は、館ものの構図で展開されたインドア系の「超能殺人基因」から一轉して、當にハリウッド映畫的な手法で物語を盛り上げつつもシッカリとミステリ的な仕掛けを凝らしたサスペンス作品でありました。
「別進地下道」から續く探偵張釣見のシリーズ四作目となる本作で、探偵が對峙する敵は何とテロリスト。物語はリゾート地で失踪したアラブの謎青年を捜すプロローグで幕を開けるのですけど、真面目學生を裝っていたこの青年が實はイランからとある使命を持ってやってきたテロリストであることが判明。
彼はどうやら使用濟核燃料から兵器を製造して台北を火の海にしてやるッ、というキ印集團の一味であるらしいことを匂わせつつ、第一章から始まる本編から物語は大きく轉換して、探偵張がとある誘拐事件において身代金受け渡しに關わることに。
ここからはもうハリウッドテイスト全開で、台北でも新しいデパート微風廣場を舞台に、不敵な犯人との丁々發止のやりとりを交えてどうにか人質であった子供の奪還に成功したものの、戻ってきた男の子は「私の名前はジョゼフ・ジョンソン、アメリカ連邦調査局の局員である」なんて妙なことを話し始めたから周囲の連中は超吃驚。
どうやらこのジェゼフなる人物はこの男の子の前世で、台湾とアメリカの核開發を巡る極祕計畫に關わっていたらしく、件の誘拐犯であるテロリスト集團はこの中途で頓挫したとされる核兵器開發の施設から核を盜み出し、台北で一大テロ祭を敢行しようとしているとのこと。
誘拐事件に關わったばかりに、自分たちのリーダを「尊師」と名乗る怪しさ滿點のテロ集團にロックオンされてしまった探偵張は、彼らの爆彈計畫を阻止する為に立ち上がるのだが果たして、……。
探偵に執拗に電話をかけてきては不敵な調子で挑撥を仕掛けてくるテロリスト集團の正体は何者なのか、というのを前半の大きな謎として物語を牽引しつつ、仕掛けられた時限爆弾をどうにか止めようと奔走する探偵張の活躍ぶりはド派手な格闘シーンこそないものの、もう完全にダイハード状態。
爆彈を止める為にコードを切るという御約束の場面では、テロリストが仕掛けた爆彈のトリックを推理しながらサスペンスを盛り上げていくところが秀逸で、彼らの奸計にハメられてしまう張がその後も再び、敵のアジトに誘導されてまたもや陥穽に嵌ってしまうところなど、ハリウッド的な手法を隨所に鏤めつつ、テロリストの正体や、最後に核爆弾を爆破させようと目論むテロリストの計畫を見拔いて勝負を仕掛ける後半の展開などにミステリ的な技が凝らしてあるところも愉しい。
しかし本作、探偵張シリーズの一連の物語の中では、非常に悲劇的な出來事がありまして、このあと、彼の相棒でもあった萌え系娘と張との關係はどうなってしまうのかとか、彼はこの挫折から立ち直れるのか、などシリーズものとして見た場合、この展開は相當に衝撃的。張の人物造詣からして、このシリーズでこんな悲劇的な出來事が起こるとはマッタク思ってもいなかったので、とある人物がアレしてしまうというこれには吃驚でありました。
陳嘉振氏の「布袋戲殺人事件」を讀了した後だったゆえ、本作は「本土化」というものを意識し乍ら讀み進めていこうと試みたものの、やはりここでも日本のミステリと對比してしまうという自分の癖はいかんともしがたく、例えば後半の、一番の見所でもある微風廣場で犯人と對峙して核爆彈の爆發を阻止する場面で登場するとあるアイテムには、こ、これはもしかして二十面相ッ?!なんてことを考えてしまったのでありました。
というか、日本人でも自分の世代だったらここでは絶對に、子供時代にテレビで見たあの番組で、二十面相が「參ったかね、明智君」と高笑いする例のシーンを絶對に思い浮かべてしまうと思うんですが如何。既晴氏にこれは乱歩ジュブナイルのリスペクトですか、と訊ねてみたいところですよ。
本作はハリウッド映畫的な展開を見せつつ、日本人からすると隨所に懷かしいミステリの味を感じさせるところもあったりして、このあたりから自分はこの作品を、風格は大きく異なるものの芦辺氏の諸作と比較してみたくなってしまったりするのでありました。
思えば探偵森江も強烈な個性がないのを寧ろ強みとして、復古的な作品のみならず「時の」シリーズのようなモダンな風格の作品も含めて樣々なバリエーションの物語に適応可能だったりする譯ですけど、探偵張釣見が登場する既晴氏の作品も、幻想ミステリの「別進地下道」から館ものの風格を持った「超能殺人基因」、さらには現代のネット社會の暗部を舞台にした「網路凶鄰」、そしてハリウッド的な結構をミステリに昇華させた本作など、その作風はまさに多彩。このあたりから芦辺氏と既晴氏の作風を對比させてみるのも面白いかな、などと感じた次第です。
また本作では、蒋經國時代の秘密計畫を絡めてアメリカや中國も交えた冷戰の構図を台湾の立場から眺めているところから謀略小説めいた風格も持っているところにも注目でしょうか。
もっともそこへ前世や生まれ變わりといったオカルト風味や尊師を崇拝する怪しいテロリストを登場させたりするところなど、「別進地下道」や「請把門鎖好」から續く既晴節も健在で、個人的には本作、「別進地下道」の持っていた幻想性をハリウッド的なスリルとサスペンスに置換した物語だと感じたのですが如何。
このサスペンスを強化した作風が過渡期のものなのか、それとも今後既晴氏の作風はよりリアルな方向へと進んでいくのか、そのあたりも興味のあるところです。「別進地下道」や「請把門鎖好」の持っていた不穩で不可解な雰圍氣は薄味ながら、よりリアルな方向に軸足をおいている「網路凶鄰」の方が好みという方には本作もなかなか愉しめると思います。