ふしぎな、しかけ。
新芸術社時代にリリースされた作品といい乍ら今だったら絶對にふしぎ文学館の一册だとしてもおかしくないような、まさに作者曰くふしぎ小説がテンコモリの短編集。
収録作は、安っぽい遊園地デートが幻想妄想世界に轉じる「かくれんぼ」、夢とリアルの混淆がおぞましさを喚起する「夢しるべ」、発熱男が友人の危篤電話をきっかけにイヤ感溢れる悪夢世界にダイブする「熱のある夜」、不条理夢世界に落ち込んだ男を描いた「仕込杖」、不氣味繪の呪いにオロオロする語り手の恐怖と奇策「半身像」、幽霊が出没する映畫館で行われた殺人が意想外な歸結を見せる「古い映画館」。
雨の中に佇むズブ濡れ人形を見つけたばかりにトンデモ女と關わることになる「雷雨」、極上の時間旅行物語「春で朧でご縁日」、「四万六千日」、幽霊屋敷で大ハシャギのゲス野郎どもが引っかかったドッキリの眞相は「幽霊屋敷」、そのほか雪崩連太郎シリーズからの二話も含めた全十二編。
句讀點の多い、獨特の文体は個人的には恐怖小説らしくないんじゃないかなア、なんて思いつつその癖とリズムに馴れてしまえば、ミステリっぽい仕掛けもあったりしてなかなか愉しめる短篇ばかりです。
ただ個人的にはやはりただふしぎなだけのものよりも、ミステリ作家らしい仕掛けを凝らしたものが斷然好みで、中でも幽霊屋敷ネタにミステリっぽい反転の仕掛けを凝らした趣向の「古い映画館」がいい。
昔は信用金庫が入っていたという妙な建物はその過去を辿ると元々は映畫館で、物語はその建物の中で友人が語り手にこの映畫館の因縁話を切り出すところから始まるのですけど、話の途中で男は突然亡くなった子供をフィルムに収めたビデオの上映會を勝手に開催、呆氣にとられている語り手をよそに亡き妻と子供のことをベラベラと語り出して、……という話。
この後、二人はトンデモないことになるんですけど、終盤でこの建物には幽霊が出る、という因縁話の伏線が明らかにされて物語は意想外のかたちを見せて終わります。個人的にはこの建物が幽霊屋敷と呼ばれている意味合いに仕掛けを凝らした奇想が見事で、ミステリの短篇にも近い讀後感を味わうことが出來ましたよ。
續く「雷雨」も犯罪に絡めた幽霊話なんですけど、深夜に雷の音で目が覚めて何氣に窓の外を見てみると、雷雨の中に男が一人ポツンと突っ立っている。妙だな、と思って外に出た語り手が男に声をかけてみると何とそいつはただのマネキン。小馬鹿にされたような氣がしてこの人形を押し倒そうとしたところへ声をかけてきた女がいて、彼女はこの人形をおいたのは實は自分だとカミングアウト。
女は語り手を部屋に招いて、何故あんな土砂降りの中にマネキンをおいていたのかその理由を語り出すのだが、……という話。絶對にこの女はキ印だろう、なんて感じで讀み進めていくと、最後に明かされるオチで見事に足許を掬われてしまいます。
中盤に男二人の心理戰を織り交ぜたサスペンスで盛り上げつつ、最後にはトンデモな幽霊話へと見事に落ちる「古い映画館」と同樣、本作もサイコネタを匂わせつつ、ラストで怪談ネタへと轉じる幕引きが素晴らしい一編です。
幽霊ものでタイトルもマンマ「幽霊屋敷」のそれは、是非とも幽霊をカメラにおさめてしまいましょう、という惡ノリ野郎たちが幽霊屋敷に參集、屋敷の主がその幽霊の曰くを語り終えるといよいよ待ちに待っていた幽霊が御登場。しかし後日、出來上がった寫眞に寫っていたものは果たして、……という話。
これまた反転の構図が最後に明らかにされるという趣向が秀逸で、上に挙げた幽霊ものの収録作と同樣、ミステリ作家らしい仕掛けが堪能できる一編乍ら、正直そのいずれもが怖いとか不思議、というよりは、うまいなという印象の方が強いでしょうか。
そんななか、ちょっと、というかかなりイヤな展開を見せるのが「半身像」で、語り手が買ってきた中古の本棚の後ろには不氣味な半身像が描かれていたことが不幸の始まり。で、この不氣味繪の呪いなのか、語り手は夢の中で魘されるわ、客人も足を本棚の方に引っ張られたりといった怪奇現象が續發。
こりゃ尋常じゃないと思った語り手が本棚を捨てちまおうと思って動かしてみると、何と件の不氣味繪が本棚の背から壁に移動していたことに吃驚仰天、果たして語り手がこの不氣味繪の呪いに抗う為に考え出した祕策とは……。
本棚の後ろに薄氣味惡い繪が描かれていた、というのもかなり怖いんですけど、暫くしてその繪が壁に移動していたという不条理状態には頭がクラクラしてしまいます。そしてこのイヤーな展開が語り手の鮮やかな奇策によってひっくり返る幕引きとの對比が面白い。
時間旅行ものでは、物語世界が反転を見せる仕掛けの凝らされた「四万六千日」が好みで、語り手がフラフラと歩いていると昔の女とバッタリ出會ったものの、彼女は大昔のマンマ。この展開だったら語り手の方が過去に飛んでしまったのかと思いきや、どうやら時間を飛び越えてしまったのは彼女の樣子。
戸惑いを見せる女を慰める為にややエロっぽい展開が訪れるものの、それが最後にダウナーな歸結を迎えるところがいい。「きみの帰るところを、つくってあげる」という語り手が彼女の為にしたことの、どうにも割り切れない行いが妙に心に殘ります。
仕掛けを凝らした幕引きを見せる中盤以降の作品に比較して、前半のものはやや理解に苦しむものが多く、その中でも「かくれんぼ」は自分的には極北でしょうか。遊園地でヌルいデートをしていると女はかくれんぼをしようと男に提案、しかし男にはかくれんぼをして自分が鬼になると必ず皆が消えてしまうという妙な強迫観念を持っている。
果たして本當に女は消えてしまって、……ってここで終われば男に愛想をつかした女がかくれんぼを口實にデートを途中ですっぽかしたんじゃないかなア、なんて思ってしまうんですけど、このあとの予想を裏切る展開は幻想なのか妄想なのか、まったく理解に苦しむところが何ともですよ。不氣味さと幻想を湛えた風格が一轉してロリコン犯罪者誕生の瞬間へと堕ちる結末は嗤っていいのか、それともここではゾーっとするべきなのか理解に苦しむ一編でしょうか。
怪談やふしぎ小説というジャンルに入るであろう作品ながら、個人的には寧ろミステリ的な仕掛けをどのようにしてオチに結びつけているのか、そんな作者の小説的技巧を探る讀み方をされたほうが愉しめるかもしれません。