館ものに託した暗黒人間心理劇。
ブッキングも含めて復刻が始まった佐々木丸美の作品ですけど、本作は創元推理文庫からの復刻第一作。自分が佐々木丸美を讀んだのはつい最近、それもどマイナーな「狭霧秘話」からというていたらくでありますから、今回は非常に期待して讀み始めた次第です。
物語は斷崖に聳える洋館に高校生たちが冬休みを過ごしにやってくると、飾ってあった繪畫が消失したり、密室の中に仲間の一人が知らぬ間に閉じこめられたりという怪事件が發生。
二年前にはこの館で転落事故により娘が死んでいて、どうやらその時にも今回と同様の奇妙な事件が續發していたらしい、という譯で、惨劇が再び起こるのか一同がビクビクしていると案の定、仲間の男が転落事故に遭遇、果たして二年前の事故はやはり殺人だっのか、そして今回の事件を操っている犯人は、……という話。
七海孃の解説も含めて、ミステリでは定番の館ものっぽいアピールをされているのですけど、個人的には本作における「館」の存在は稀薄に感じられ、寧ろ館から見渡せる海の情景が登場人物たちの心のダークネスと照應しているところが印象に残りました。
語り手の娘の、妄想世界にダイブ寸前といったかんじのモノローグとも相俟って、館もののミステリというよりは超絶心理劇といった雰圍氣が濃厚で、奇妙な事件の續發をきっかけに、少女漫畫っぽいふわふわした人間關係の間隙から心の闇がゾワゾワと湧き出してくるところも壓卷です。
登場人物たちが藝術や人生についてさまざまな會話を交わす場面が頻出するものの、衒學めいたところはなく、その内容は非常に抽象的。それでいてこのやや抽象的に過ぎる會話が犯人の犯罪哲學にも密接に關連しているところが最後に明らかにされる謎解きには背筋が凍りつきましたよ。
個人的にはこの犯人の犯罪哲學に基づいた異樣な動機が完全にツボで、いたずらに物証やアリバイ崩しといったミステリ的なガジェットに流れず、人間の心理から推理の輪郭を描いていくところが秀逸。
ある種、密室づくしの犯罪がズラリと竝べられた作品ながら、不思議と本格原理主義者が信奉するような物語に感じられないのは、ミステリの結構が人間心理によりかかったものであるが故かなア、なんて氣がするのですが如何でしょう。
密室で殺された女性のトリックに關しては、さりげなく物証に繋がる伏線が開陳されているとはいえ、二年前の事件と照應するように不可解な事件が發生した時に皆が起こした行動から犯人を探っていくという、所謂心理の手掛かりによって推理を敷延していく手法が鮮やかです。
原理主義者にしてみればこの殺人で使われた密室トリック「だけ」を取り出してこの作品を評價したくなってしまうのでしょうけど、個人的にはそういう讀み方よりも、この妄想モノローグと地の文が一体となった不可思議な文体から醸し出される獨特の雰圍氣、そして人間心理の深奥に踏み込んだ物語世界にドップリと浸った方がより本作の魅力を堪能できるのではないかなア、と思います。
かといって密室トリックが陳腐という譯では決してなく、「一般に人は不思議な現象に非凡な結果を求めるけれど平凡なところに純粋の謎の世界があるのだ」と嘯く犯人の告白にもある通り、ここでもまた人間の心理の間隙を突いた仕掛けは見事。
少女趣味溢れるふわふわとしたモノローグの語りとは對照的に、最後に犯人がブチまける獨演会は壯絶の一言で、自らの犯罪哲學を語るその中でも「犯罪はつまり、完全に向かいつつあるものを壊すこと」であるというその歪んだ定義は恐ろくも、人間の暗黒面を見定めているようでズシリと重く響きます。
確かに解説に七海孃曰く本作は「佐々木丸美にしか描けなかっただろうまったく独自のミステリとなった。他に類例もないし亜流もない」孤高の作品といえるのですけど、それでも敢えて自分のイメージの中でこの風格に通じる作品を擧げるとすれば日影丈吉の「夕潮」あたりでしょうか。物語の結構はまったく異なるんですけど、人間心理に鋭く切り込みつつ終始幻想的なトーンで物語が進むところが自分の中では似ているように感じられましたよ。
確かに本作の語りに大量投入されている獨特の少女趣味ワールドはある意味孤高で、これがまた普通の本讀みを退けてしまう可能性もまたなきにしもあらず、なんですけど自分はそれほど氣になりませんでした。
寧ろ語り手の少女趣味的語りと、最後に大展開される犯人の獨演会での硬質な語りの對比が見事で、とある出來事をきっかけにこの語り手の夢見心地な少女趣味を反轉させて、自らの暗黒犯罪哲學を推し進めていったという犯人の狂氣が凄まじい。キワモノテイストは稀薄ながら、この狂氣は非常に衝撃的でありました。
という譯で、黒い惡意や人間心理のダークネスが堪らない、というミステリファンに本作はマストといえるのではないでしょうか。復刻された「雪の断章」も既に入手濟みなので、こちらも讀了次第取り上げてみたいと思います。