さて、そんな譯で先ほどの續きです。今年出會った作家の中でツボだったのが、「新世界」の柳広司氏で、今年リリースされた「トーキョー・プリズン」は定番的な要素と展開を備えつつも、ミステリ的な技と小説的な感動が融合した傑作でした。
その讀みやすさ、そしてキッチリと物語を仕上げてみせる小説的技法は島田御大にも通じる素養を持ちながら、「新世界」で見せた幻想ミステリ的な風格もまた素晴らしく、次作が待ち遠しい作家の一人です。創元推理で文庫化された作品はとりあえずゲットしてあるのでこれから讀むのが愉しみですよ。
で、そんな傑作名作の中で、ここで一番に推しておきたいのが瀬名秀明氏の「第九の日 The Tragedy of Joy 」なんですけど、これまた昨年の「デカルトの密室」同樣、何だかアンマリ話題にならなかったような氣がするんですけど、やはりこのケンイチくんシリーズ、一般的には、ミステリとしては讀めないということなんでしょうかねえ。
探偵小説研究会の同人誌「CRITICA」に掲載されていた瀬名氏へのインタビューで法月氏は「デカルトの密室」があまり受けなかったことについて言及していて、「二〇〇五年は同じ理系でも『容疑者Xの献身』の年ではなく、『デカルトの密室』がまだ受けいれられない年だったと、四、五年先にそうとらえられる日が来るのではないか」なんて熱く語っているんですけど、二〇〇六年も同樣に『第九の日』がまだ受け容れられない年だった、なんていうフウに記憶されることになってしまうのでしょうか。それはあまりに哀しい。
「デカルトの密室」よりも短編集としての體裁を持ったこの作品の方が平易で非常に讀みやすいと思うし、まずは「第九」から入りそのあと「デカルト」に挑戦する、というのもアリだと思います。難しい、とか尻込みをせずにもっと多くの人がこのシリーズを手にとってくれれば、と切に願う次第ですよ。自分みたいにボンクラなキワモノマニアだって十二分に愉しめる作品な譯ですから、實をいえばそんなに難しく考えなくてもこの物語に醉うことは可能な筈だと思うのですが如何でしょう。
そしてもう一册、小説ではないものの、ミステリ讀みが最高に愉しめる一册として強力にオススメしておきたいのが、巽昌章氏の「論理の蜘蛛の巣の中で」。ジャケ帶には「伝説のカリスマ」なんて書いてあるから、相當に難しい本なんだろう、なんて尻込みしてしまう方もいるかもしれませんがご心配なく。平易な語りからミステリを百二十パーセント愉しむ技法がテンコモリで、當にミステリを愛する者すべてが座右の書としたくなる大傑作です。
とはいえこの本、本格理解者にして本格理解「派系」作家の首領である「困ったちゃん」には難解な一册だったようでありまして、よくよく讀み返してみると確かに本作には現代ミステリ作品に共通するテーマを讀み解く技法や古典から現代へと連なるミステリ作品の本質をより深く堪能する為の手法など、現代のミステリ作品を愉しむ為の祕技は惜しみなく開陳されているとはいえ、「ミステリ業界でマオイズム的俺様主義を貫く方法」とか、「スターリン的千野、……じゃなかった血の粛清を以て若僧評論家どもを驅逐する十のやりかた」とか「大森氏に学ぶ業界フィクサー政治學」などといった、本格理解者が是非とも身につけたい技法についてはこれっポッチも書かれてはおりません。
ですから本書からそういった内容を讀み解ける筈もなく、「繩張り意識と定義を混同して」、作品や作家をいかに自らの保身と繩張り拡張に利用するかとそんなことばかりを考えてしまう輩にしてみれば、確かに本作は難解に過ぎるのかもしれません。
もっともそんなものとは一切關心もない、一介のミステリファンにしてみれば當に本作はミステリを讀み解く為の達人の祕傳書ともいえる譯で、ミステリをもっとモット愉しみたいという方に本作はマストアイテムでありましょう。という譯で自分としては強力にオススメしたい次第ですよ。
さて、以上がミステリでのおすすめなんですけど、このプチブログを頻繁に訪れてくださる奇特な方々にとってはやはりキワモノも含む幻想小説も外せない、ですよねえ。今年リリースされた作品の中でまずオススメしたいのはやはり出版芸術社のふしぎ文学館シリーズの一册、「べろべろの、母ちゃんは…」でしょう。宇能鴻一郎作にしてこのヤバ過ぎるジャケ、さらには千街氏が絡んでいるとあればこれはもう、ゲットしない譯にはいきませんよ。
そしてもうひとつは同じふしぎ文学館シリーズの二册「妖異百物語 第一夜」「妖異百物語 第二夜」の編纂に絡んで自らのキワモノマニアぶりをカミングアウトされた芦辺氏の幻想小説集「探偵と怪人のいるホテル」。虚實の交錯という趣向を樣式美に昇華させてしまうあたり、芦辺氏のミステリ作家としての一面と、幻想小説家の一面の雙方を堪能できる作品集です。
もう一册はこれまたあまり話題にならなかったようなんですけど、倉阪鬼一郎氏の「下町の迷宮、昭和の幻」。「活字狂想曲」から「田舍の事件」まで、クラニーの得意とする爆笑テイストにノスタルジックな昭和の風合いを交えて語られる短編集で、特に「跨線橋から」で物語をしめくくる構成が最高にツボでした。
また編者の技が堪能できる本としては、まず六十八年生まれのマニア三大神の作品を取り上げない譯にはいきませんよねえ。という譯で、日下氏は天城一御大の「宿命は待つことができる―天城一傑作集〈3〉」。恐ろしいくらいに圧縮された短篇がギッシリと詰まった一册ながら、春をモチーフに据えたセレクトが天城御大の傑作集の中ではやさしさを釀しているところも好印象。
そして滿州編に續いてリリースされた 藤田知浩氏の手になる「外地探偵小説集 上海篇」。冒頭の「探偵小説的上海案内」も含めて、収録作は地味ながらも愉しめる一册でありました。
末國善己氏はいうまでもなく「国枝史郎歴史小説傑作選」、「国枝史郎伝奇短篇小説集成〈第1巻〉大正十年~昭和二年」と「国枝史郎伝奇短篇小説集成〈第2巻〉昭和三年~十二年」で、個人的なオススメはキワモノテイストがテンコモリの第一巻でしょうか。国枝の文章は本當に讀み出すとクセになります。
ミステリー寄りのアンソロジーとしては、これまたあまり話題にのぼらなかったような氣がするものの、キワモノマニアとしては見逃せない「ふるえて眠れない ホラーミステリー傑作選」。當に平成版「異形の白昼」とでもいうべき濃厚な奇天烈キワモノテイスト溢れる作品がイッパイの素晴らしい一册で、解説は笹川吉晴氏。
またアンソロジストとしての人柄とそれぞれの作品の完成度が非常に幸せなかたちで凝縮された東氏編纂の「猫路地」も今年注目の一册でしょう。挿画からジャケのデザインも含めて一册の本としても當に愛せる作品で、こういう本こそ長く読み繼がれていってほしいなア、などと考えてしまうのでありました。
で、最後にキワモノマニアにとっての一大事件といえば、やはり平山氏の大ブレークを挙げない譯にはいきません。「独白するユニバーサル横メルカトル」に出會って、キワモノ心に火がついた普通の本讀みの方々が氏の過去作にも興味をもってくれればキワモノマニアとして嬉しい限り。しかしこの平山ブームの中、何故徳間は「SINKER」を復刻しないのか、マッタク理解に苦しみます。
とまあ、ざっとオススメ作品を並べてみましたけど如何でしたでしょうか。とりあえず今年の纏めはこれで終わり、ということにしたいんですけど、やはり台湾ミステリと日本のミステリとの關わりという點でもいくつか外せないトピックもあるし、……という譯で、次のエントリでは台湾ミステリの今年を振り返る、というお題目でいきたいと思います。という譯で以下次號。