究極の人工美が紡ぎ出す極上のミステリ。
連城ミステリの傑作短編集といえば、初期の「変調二人羽織」「夜よ鼠たちのために」、そして最近復刊された「戻り川心中」などが有名な譯ですが、迷宮めいた構造と意表をついたドンデン返し、さらには異樣な動機や事件の真相といった部分で他を寄せ付けないほどに個性的な作品がテンコモリの「美女」や本作も無視出來ません。
収録されている作品は五編のみと、こじんまりした作品集ながら、どの短篇も、どんでん返しと驚愕の眞相の為だけにつくられたんじゃないのと疑ってしまうほどに際だっている作品舞台と人物造詣が何ともですよ。
直木賞作家ということで、人間の心の機微をウンタラなんて形容で語られてしまう作者の作品ではありますが、ミステリの技巧を凝らしまくった本作では、物語の構成から登場人物の台詞所作のすべてに及び人工的な美しさが極限まで突き詰められているところが凄まじい。さながら美しく仕上げられた寶飾品のごとくきらめきに眩暈がしてしまいます。
「唯一の証人」は愛人を殺した容疑で取り調べを受けている男の物語。愛人を殺したのは誰なのか、殺された愛人の死体は自分の洋服のボタンを握りしめていたことから、主人公は何者かが愛人を殺し、自分を陷れようとしていると考えます。
妻、そして銀座のクラブのホステスと樣々な顏が思い浮かぶものの、それが誰なのかは分からない。部下の男の証言から愛人が殺害された死亡推定時刻が絞られていくのですが、どうやらこの部下の証言も怪しい。また妻は彼が取り調べを行われている最中に書き置きを残して家を出て行ってしまったという。果たして事件の真相は、……という物語。
新たな証言と事実の暴露、そして登場人物たちの嘘が明らかにされていく中、物語は混迷を極めていきます。さながら手品師のごとく、讀者の視線を事件の真相から逸らしていく手法は見事としかいいようがなく、最後の最後でまったく違ったところから不意打ちのように明かされる眞相が強烈。小刻みに反転する事件の樣相、そして最後のどんでん返しと、作者の短篇の醍醐味を思いっきり堪能できる佳作といえるでしょう。
「ゴースト・トレイン」は今讀んでみると、現実と妄想のあわいを漂う主人公の意識を描き出す手法が、「白光」を髣髴とさせますねえ。主人公の中年の男はその昔、列車に轢かれた筈なのに死ななかったという、……というあたりは何だか「暗色コメディ」っぽいのですが、この謎と、乘客を乘せて消失してしまったという列車の謎を絡めて物語は展開します。
男の一人稱で話は進み、そこへ列車の消失事件を探りに村を訪れた若い女性がさりげなく華を添える。最後に謎が解かれたあと、すべての物語が虚構へと回歸していくという幕引きが、何ともいえない餘韻を残します。
「落書きの家」も「唯一の証人」と同樣、眞相を讀者の視線から逸らそうとする技が冴えまくっている一品で、友人に電話をしている女子高生の一人語りで進みます。隣人のおじさんが交通事故で即死したというニュースをきっかけに、隣の住人の何とも奇妙な行動が次々と明かされていくのですが、隣人の妻や娘の浮気現場を目撃した語り手は、一見するといかにも仲の良さそうな隣人の秘密を探ろうとする。果たして私の話を聞き終えた電話の話し相手はひっくり返るような推理を語り、……という話。
確かに冒頭で隣人のおじさんが死にますが、物語はこの事件の犯人探しで進む譯ではありません。それでいて、しっかりとミステリしているところが面白い。日常の謎系とは明らかに違う謎の呈示方法は好みが分かれるところですが、これにハマると堪らない譯ですよ。
「眼の中の現場」は、妻の浮気相手から突然電話がかかってくるところから物語が始まります。妻は癌を苦に飛びこみ自殺をしているのですが、この浮気相手は妙なことを語り始めて、……という話。
妻がついていた嘘、そして夫が妻についていた嘘、更にはこの夫と浮気相手の虚實を交えた攻防が凄まじい。果たして後半に現出する眞相とは、……って、いったいに登場人物の誰もが嘘をついているという展開で、讀者は誰の言葉を信じることも出來ず虚構と現実の境へ宙吊りにされたまま、二転三転する物語に翻弄されるしかありません。語られていた「事件」の存在までをも抛擲して迎える幕引きに口がアングリしてしまう怪作です。
最後を飾る表題作「紫の傷」は、収録作の中ではユーモラスともいえる明るさを持った佳作で、政治家の愛人をやっていたという中年オバサンの警護を請け負った男が、殺し屋の襲撃にテンヤワンヤとなる話。このオバサンの警護をしていた理由が明かされる終盤で、またまたドンデン返しが炸裂するというのは御約束、ラストの清々しい幕引きもいいですねえ。
という譯で捨て作なしの傑作選。「喜劇女優」や「夜の二乗」「砂遊び」といった怪作がテンコモリだった「美女」に比較すると控えめ乍ら、連城ファンならやはり見逃せない作品ばかり、殘念なことに双葉文庫も絶版みたいなんですけど、古本屋で見かけたら即ゲットの一品でしょう。おすすめ。