「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第四回。解説によると本作は「醉いどれ探偵」こと深水文明のシリーズ三作目とのことなのですが、勿論自分は一作目も二作目も未讀です。
ジャケ裏に「推理が冴える書下ろし”社内殺人”シリーズ」とあるように、とにかく社員が、旅行先でそして会社のトイレでとバッタバッタと殺されていくところが見所で、本作でも容疑者と思しき人間が次々と死んでいくという中町センセの作品では定番の展開が炸裂、更にここへ社内でも役付き男女の恋愛模樣を妙に絡めて獨特の雰囲気を出しているところが何ともですよ。
物語は例によって思わせぶりなモノローグから始まります。ある人物が殺人をおかした後部屋を飛び出していくところを目撃してしまった「私」の独白が、最後の謎解きでアレ系の仕掛けだったことが明らかにされるという趣向も作者の作品ではすっかりお馴染み、本作でもそんな讀み手の期待に違わず、最後のエピローグで「私」のモノローグに描かれた意味の眞相が明かされます。
第一章からは、冒頭のプロローグで描かれた殺人事件から一週間前に遡ったところより始まります。常務と課長の三人で仙台に出張していた醉いどれ探偵でありましたが、この課長と同期の連中が親睦旅行で仙台に來ていたのが運の尽き、ここで殺人事件が發生して驅り出されます。旅行に來ていた女性の一人が崖の岩棚に倒れているところを発見され、自殺か事故か、はたまた殺人かということで揉めるのですが、すぐさま冒頭のプロローグで描かれた第二の殺人が發生、仙台での事件との關連が關連が疑われるや、間髪を入れずにまたまた社内で第三の殺人が起こって、……というかんじで短い頁數ながら畳みかけるようにバタバタと人が殺されていくので悲壯感もありません、というか、同じ会社で人、殺されすぎですよ。
ですからこの会社はよく人が死にますなァ、なんて刑事に皮肉られてしまうていたらく。實際、この作品がシリーズ三作目ということですから、作者の作風を鑑みれば、一作で少なく見積もっても三人は死んでいるに違いなく、そうなると既に前二作で從業員が都合六人は殺されている計算になる譯ですよ。いったいそんなに人が殺されて社員は平靜でいられるのか、管理職は従業員の無闇やたらな殺し合いを禁じるよう何かしらの「カイゼン」を行なう必要があるのではないか、……と人樣の会社ながら同じサラリーマンの自分としてはそんなところが無性に氣になってしまうのでありました。
プロローグで示されていた殺人がある種の密室状態であったところがミステリとしての見せ所のひとつで、醉いどれ探偵は従業員のちょっとした証言の一言から犯人の企図を見拔いていくという展開乍ら、犯人以外の人間が妙な動きをしている為に事件は錯綜を極めていく。
そんな事件の真相解明に努める探偵は、人が死のうが毎晩酒をガブ飮みしなければ氣がすまないほどのアル中でありますから、刑事の取り調べのさいには口臭を氣にかけていつもより多めに仁丹を噛みしめる、更には昨晩の酒がたたって激しい下痢に堪えられず途中下車を強いられたりと体はボロボロ。勤務時間中にも酒をあおってヘベレケ状態という譯でもないのがせめてもの救いで、二日酔いを堪えつつ精力的に動き回る探偵ぶりは微笑ましい。それでもこれだけ社内で人が殺されても混乱状態に陥らず、淡々と仕事をこなしている從業員はある意味不氣味。
本作はトリックで見せるというよりも、事件の關係者のちょっとした錯誤が悲劇を引き起こしたところを推理していく展開で、作者らしいプロローグの仕掛けの冴えも今ひとつ。流石にこれだけ讀んでいくと、プロローグの仕掛けにも耐性がついてしまいある程度は予想できてしまうところが、騙されることに快感を覚える自分としてはちょっと悲しい。まあ、それでも未だ創元推理文庫になっていない「奥只見温泉郷殺人事件」のような思わぬ掘り出し物もあったりする譯で、古本屋に行ったらまずは中町センセの「な」のコーナーに目がいってしまうのでありました。