『こめぐら』の姉妹編となる本作、あちらがユーモアに大きく振った一冊だったのに比較すると、こちらはシリアス。バカミスに踏みこんでド派手なネタで魅せてくれた『こめぐら』に対して、こちらはいずれもロジックの見せ方に魅了する好篇そろいで、これまた堪能しました。
収録作は、キャラ立ちまくりの死神探偵がとある犯罪者の陷穽をあぶり出す、――という物語を倒叙によって活写した「運命の銀輪」、サスペンスものに擬態しながら絶妙な仕掛けを凝らした「見られていたもの」、異様な死の様態を奇天烈な論理によって照射する展開に添えられ猫ものの悲哀が素敵な「眠り猫、眠れ」、殺人犯とおぼしき奇妙な男の行動にロジックのキレが冴える「ナイフの三」、猫の失踪が引き起こした男の不可解な振る舞いに、これまた独特のロジックの転がし方で魅せてくれる「猫と死の街」、謎の二重化による隱蔽によって最後の一撃を見事に決めた傑作「闇ニ笑フ」、翻訳ものを精確にトレースした文体が微笑ましい「幻の銃弾」の全七編。
一番のお気に入りは「闇ニ笑フ」で、倉知氏の某長編を想起させるネタながら、軽妙な仕上がりと短編ならではの最後の一撃が見事に決まった一編です。映画館で働くボーイが、ラストで死体のグロ映像がダーッと流されるシーンでニヤニヤしている美女を見かけて、……という軽い謎ながら、何よりもこの女性の振る舞いに添えられた謎の扱い方が秀逸で、本来であればこの美女の行動に伴う謎は精査すれば二つに分けられるのですが、それを表裏に配した構成が素晴らしい。表の謎はスマートなロジックによって繙かれるものの、最後の一文で、裏に隠されていた謎がズバリと解かれるという結構が秀逸です。
「運命の銀輪」は、ややイージーにも思えるコロシを倒叙によって描いた展開ながら、その捜査の過程で浮かび上がってくるいくつもの偶然が、陷穽への絶妙なフックとなっているところがキモ。イージーでシンプルであるがゆえに完璧に見えた犯罪が、偶然に助けられるとともに、犯人も知り得なかった偶然によって奈落へと堕ちていくという、黒さを効かせたオチも素晴らしい。
「ナイフの三」は、殺人事件の犯人とおぼしき男が凶器を買いに来た現場を目撃して、……という謎の振り出しから、その奇妙な行動の曰くを解き明かしていく結構が秀逸で、真相そのものは転倒しているように見えて、妙なリアリティが感じられるところもいい。奇妙な振る舞いという点では「眠り猫、眠れ」の最後で明かされる真相は、かなりアッチに踏みこんでしまっているものながら、語り手の家族の逸話が淡々と語られる静的な展開と不思議な整合性を魅せています。
同じ猫絡みでも「猫と死の街」の方は、失踪猫の張り紙をしていたら、「俺が殺した」と自白してきた男の妙な行動の真意を解き明かすというもので、チェスタトン泡坂的ともいえる捻れた論理が冴えています。「本当」の事件とその犯人が作中では明かされず、仄めかされるままで幕となる構成も、大切なのは猫のことだけ、という語り手の内心をより鮮明に映し出していていい。
個人的には、文体模写などの技巧とユーモアの風格が本格ミステリの技巧へ見事に昇華された『こめぐら』の方が好みなのですが、作者の長編にも通じるロジックとそれによって人間の異様な内面を明らかにする構成が光る好篇揃いという本作も素晴らしい仕上がりゆえ、やはりここは両方を読むのが吉、でしょう。オススメです。