これは完全に好みの作風で偏愛したくなる一冊でありました。物語は、数年前に死んだ筈の娘っ子が偶然撮られた写真に写っていて……という本格ミステリの定番ともいえる幽霊話からスタートするものの、これに主人公の母が生前に遺していた小説や、モテモテ先生の振る舞いなど、様々な逸話を絡めつつ物語は進んでいきます。
文芸部に入ることになった主人公の母親というのが、ある種の天才性を秘めながら筆をおり以後、ごくフツーの主婦として暮らしていたという謎めいた過去に惹かれてしまうのですが、母親の方はあくまで陰の存在。娘っ子の不可解な死が明かされ、彼女を殺したのはいったい誰なのかという謎が物語の軸を支えているわけですが、文芸部の娘っ子や担当先生とのエピソードなど冒頭に提示された幽霊譚は脇に退けたまま、ごくごフツーの物語としても十二分に読ませてしまう前半部も素晴らしい。
娘っ子の死から数年を経て担当先生との再会を果たしたところで、冒頭の心霊写真が撮影されたシーンが繰り返されるのですが、ここからが本番で、件の娘の死や、さらには先生が最期に口にした言葉の真意などを錯綜させながら、西澤ミステリならではのロジックが大展開。
娘っ子が文壇デビューを果たしてからスランプに陥り、それでもどうにか仕上げたという新作の原稿の行方を巡って推理が開陳されてくのですが、本作では、こうした推理の過程で娘っ子の心理と先生の言葉の裏にある内心を鋭くえぐり出していきます。犯罪も含めた行為そのものよりも、精緻なロジックによって登場人物の心理に光をあてていくという流れが秀逸で、特に先生の心理が仮説の構築、検証、破棄を繰り返していくことで善から悪、そしてまたもや善へと二転三転していくところは非常にスリリング。
そうした推理の暁に着地したところは、清濁併せのむ、非常に人間的ともいえるものながら、実をいえば物的証拠などによって完全な証明がなされない以上、それらは所詮、彼らの妄想に過ぎないと切り捨てることもできるわけで、むしろそうした曖昧さの中に、登場人物たちがあえて深く踏み込んでいかない部分なども見えてきます。例えば娘っ子と先生との隠微な関係などがソレだったりするわけですが、ロジックの後景に彼女の正体を退けることで、何ともいえないエロティシズムが匂い立つ風格も秀逸です。
さらに登場人物たちが推理の中であえて深く踏み込んでいないものをもうひとつ挙げるとすれば、件の心霊写真に映っていた「彼女」の正体で、本格ミステリ読みであれば幽霊でない以上、この写真に写っていた人物は実在するか、写真のトリックに違いないという結論に至るのは必定ながら、そうしたごくごく当たり前の着地点を前提に考えると、この脇役ともいえる幽霊の存在と登場人物との関係についても伏せられているところが何ともいえない不気味な余韻を残し、それがまた所詮は裏の取れない妄想に過ぎないともいえる事件の真相の茫漠さに深みを添えているという趣向もいい。
男二人と女一人という三角関係が、主人公の母の遺した小説のテーマであり、これがまた主人公と娘っ子、そして先生という関係に反映されているところや、登場人物の母親の手記にハッキリと語られていた書き手としての理想が、時を経てこの煉獄を引き起こしたことが明かされるラストなど、後半のロジックの流れを堪能するのが本格ミステリ読みとしては定石ながら、本作の趣向はほとんど恐怖小説の領域に踏み込んでい、ロジックの背後に隠された闇を透かし見ることで、また違った愉しみ方もできる一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。