氣狂い博士の藝術品、醜女ダルマの因果応報。
さて、昨日に續いて、「怪奇探偵小説傑作選」の海野十三編、後半をお送りしたいと思います。
後半には、昨日予告した通り、氣狂い博士が浮気妻を醜女ダルマに改造してしまう怪作「俘囚」や、カーを髣髴とさせるタイトルに反して、死体の隱蔽にトンデモ奇想テイストをブチかました佳作「爬蟲館事件」、怪奇大作戰かはたまたウルトラQかという怪奇テイストと、溌剌とした健康美女が激しい尿意をモジモジと堪えるシーンがネクラミステリマニアにはタマラない「赤外線男」などを収録。
昨日は「振動魔」までを語ったので、この次は「爬虫館事件」からとなる譯ですが、本の厚さを見てみたらまだ半分も終わっていませんよ。何だかこの調子だと殆どの頁を「俘囚」のあらすじに割いてしまいそうなので最初の方は軽く流したいと思っているんですけど、果たしてどうなるでしょうか。
「爬虫館事件」は「振動魔」同樣、探偵帆村荘六もので、動物園の爬蟲館で発生した館長の失踪事件を扱った作品です。爬蟲館という譯で、當然そこには人間を丸のみしてしまうような大蛇がウヨウヨいる譯で、探偵帆村がまず考えたのは、死体をバラバラにして蛇たちに食べさせてしまったのでは、というもの。しかしここにゴム毬のように肥え太った畜養員が笑いながら登場し、蛇は生きているものしか喰わねえと呆気なくダメ出しされてしまいます。
果たして館長は何処に消えてしまったのか、というあたりで、動物園の關係者に聞きこみを續けていく探偵帆村がひらめいた推理とは、……という話。ここでも帆村シリーズではお馴染みの、トンデモな研究をしていた輩が登場して、人間消失のトリックを完成せしめるブツを最後に開陳してくれるのですが、いやはや何ともという奇想に口アングリですよ。確かに爬蟲類というからにはそれを使ってそういうメカを作り上げれば確かに可能には違いないでしょうけどねえ。そのブツの中から探偵帆村が見つけた銃彈が手掛かりとなって犯行が暴かれます。
「赤外線男」は暗闇も構わずに現れては樣々な犯行を為し遂げる怪人赤外線男の物語。最初の方で赤外線に關する作者らしい講釈が延々と語られるのですが、ここがすでに讀者を騙しに引き込むための仕掛けになっているところが面白い。
この帆村探偵シリーズ、奇想とエログロを極めた作品ばかり乍ら、話の展開は普通のミステリに纏まっておりまして、例えば昨日取り上げた「振動魔」は語り手の僕で話が進み、最後に帆村の登場によってその犯行が暴かれるという構成など、マンマ、ミステリとして見た場合、この仕掛けを使ったいくつかの名作を思い浮かべることも可能でしょう。
一方、本作「赤外線男」のように作者自らが讀者へミスディレクションを仕掛ける手法もあったりと、當にエログロだけじゃない、探偵小説としての水準を滿たした期待以上の遊びを見せてくれるところが素晴らしいのですよ。
さて帆村探偵は事件の關係者にアタリをつけて、ある仕掛けを行います。事件の手掛かりとなるフィルムの上映を警視廳の試寫室で開くのですが、帆村がそのフィルムの内容を前にして講釈を垂れている間、事件の關係者の一人である健康美人は下腹部にこみ上げてくる猛烈な尿意にモジモジし乍ら耐えていたものの、どうにも持ちきれなくなって席を立ちます。果たしてトイレまで彼女を尾行してきた帆村探偵が暴いた赤外線男の眞相とは、……って全然物語のあらすじになっていませんよ(爆)。
蘭郁二郎もそうでしたが、物語に美女が登場するというのも御約束で、個人的にはこの溌剌とした明るさを持った「赤外線男」のダリアはかなりツボ。また本作の場合、「赤外線男」の神出鬼沒な犯行にオロオロする警察陣の間拔けぶりも見所でしょう。
「点眼器殺人事件」はエログロこそないものの、殺人事件の真相が明らかにされたあとの脱力度はピカ一。物語は帆村のもとにある一本の電話が入ってくるところから始まります。とにかく車をそちらに寄越すから大至急帆村に來てほしいという依頼に、探偵は迎えの車に乘り込むものの、睡眠ガスにやられて氣を失ってしまいます。
フと目が覚めると、依頼主が前にいて、彼曰く、この建物の中で男が殺され、犯人は未だここから出ていない、帆村には是非この事件の謎を解いて犯人を捕まえてほしいというのです。怪しげな依頼主から逃れることも無理ということで探偵はこの依頼を引き受けることになったのだが、……という話。
この事件ではタイトルにもなっている点眼器がミソで、帆村は犯行現場を調べ盡くしてこの事件の真相を推理します。果たして横たわる死体はいかにして殺されたのか、となる譯ですが、要するにこれは今でいうバカミスでしょう。眞相が暴かれた時の脱力ぶりと、帆村を拉致してまで事件の眞相を解こうとするこの謎の組織の正体、この二つのギャップがハジけている一編です。
さあ、ここから全国のダルマ系キワモノファンの皆さんお待ちかねの「俘囚」ですよ。
さて物語はダルマ女の手術を後に施されてしまう女の一人語りで進みます。冒頭、この女が若い男性と浮気をしているシーンからして、女は夫の態度に不滿タラタラ、夫というのが例によって死体の解体にしか興味がない氣狂い博士でありまして、この奇態な研究に打ち込むこと何十年、ここ三四年は妻の體に触れたこともないというほどのキ印ぶりですから、女は博士を殺してこの青年と、……と陰惨な殺人を畫策します。
果たして、機会!と井戸穴を覗き込んだ博士を後ろから「ええいッ!」と突き落とすと、とどめとばかりに重石を井戸穴に投げ込み完全犯罪大成功。しかしその後夫は貯金をすべて彼の珍奇な研究に注ぎ込んでいたことが発覺、さらには情人の若者も彼女の前から姿を消してしまいます。翌日、情人は再び彼女の元にやってくるのですが、大變なことを語り始めます。
何でも彼が務めている銀行の金庫室で金庫番の男が殺され、現金が強奪され、情人はその事件のため昨晩はずっと警視廳の取り調べを受けていたという。不可解なのはこの金庫室には小さな穴しかなく、人間が侵入することは何としても不可能、いったい犯人はどうやってこの密室に忍び入ることが出來たのか。……
しかし夜が明けてみると情人の姿は再びそこになく、代わりにテーブルの上へ妙な手紙がおかれている。そしてそれを讀んだ女は恐怖のドン底に突き落とされます。何と、殺したと思っていた氣狂い博士の手によって、ハンサムボーイの情人は醜男への手術を施されてしまったというのです。
果たして女も氣狂い博士に襲われ、手脚のないダルマ女にされてしまいます。普通だったらここで錯亂した女の描寫をこれでもかと執拗に書き連ね、讀者の恐怖と昂奮をビンビンに煽りたてるのが筋でしょうけど、作者はここでも朗らかなテイストで博士と女の會話を描き出します。以下軽く引用しますとこんなかんじ。
「な、なんという惨たらしい悪魔!どこもかも、切っちまって……」
「切っちまっても、痛味は感じないようにしてあげてあるよ」
「痛みがなくても、腕も脚も切ってしまったのネ。ひどいひと!悪魔!畜生!」
「切ったところもあるが、殖えているところもあるぜ。ひッひッひッ」
「殖えたところ?」夫の不思議な言葉に、あたしはまた身慄いした。あたしをどうするつもりだろう。
「いま見せてやる。ホラ、この鏡でおまえの顏をよく見ろ!」
パッと懐中電灯が、顏の正面から、照りつけた。そしてその前に差し出された鏡の中。——あたしは、その中に見るべからざるものを見てしまった。
「イヤ、イヤ、イヤ、よして下さい。鏡を向こうにやって……」
「ふッふッふッ、気に入ったと見えるネ。顏の真ん中に殖えたもう一つの鼻は、そりゃあの男のものだよ。それから鎧戸のようになった二重の脣は、それもあの男のものだよ。みんなお前の好きなものばかりだ。お礼を云ってもらいたいものだナ、ひッひッひッ」
手足がないダルマとなってしまった女は天井裏の俘囚となり、夫に世話をされながら時を過ごすのでありますが、ある時、帆村探偵が下の部屋にやってきて博士のおそるべき人体改造の方法を喝破します。果たしてこの語り手のダルマ女の行く末は、……と、探偵は事件の真相を見拔いたものの、結局犯人の氣狂い博士が仕掛けたトリックにマンマと騙され、ダルマ女には因果応報の罰が下るという結末が冴えています。
……って予想通りというか、「俘囚」だけでかなりの字數を割いてしまい、結局長くなってしまいました。やはり冗長に過ぎるので、この後はもう一つのエントリに分けたいと思います。全然計畫性なしです、自分(爆)。
後編には蠅をモチーフにしたナンセンステイストが炸裂するショートショート「蠅」や、見せ物小屋俳優の海盤車(ヒトデ)娘や、いたいけな妾を奸計によって陥れる鬼畜医師など妙チキリンな登場人物が素晴らしい「三人の双生児」などを予定しています。という譯で以下次號。