奇態づくし。
島田荘司御大の「魔神の遊戯」に続く、本格ミステリ・マスターズ文庫化第二弾、ということになるのでしょうか。
二十一世紀本格を提唱する御大がこのシリーズでは、「らしくない」変化球を使ってきたのに対し、こちらは眞っ向勝負。奇態で異樣な舞台を設定してその中にこれまた奇態で異樣な登場人物をブチ込みつつ、トンデモすれすれの先端科学とねじくれた死生観を混淆させ、當に御大の提唱する二十一世紀本格の文法を滿たした作品に仕上がっています。
異樣だ奇態だと書きましたけど、實際何ひとつとして普通じゃないんですよ。物語の時代背景は不明ながらそう遠くない近未來、死体を冷凍保存しておく財団という特異な舞台で殺人事件が発生します。死体保存といっても、この財団で働いている連中はそもそもこの死体を死体と思っていない譯でして。
個人的な印象をいえば、首を切られてもまだ「生きている」と主張するその奇態な思想は、最近半島の詐欺師にクローン技術の提携を申し入れた髯面トンデモ親父の団体と大差なし。それでもこの死体保存の財団施設で働く連中は最先端の科学に携わる立派な科学者だと自負しておりますから厄介ですよ。警察が檢死をするといえばブツクサ文句をいいまくるし、珍奇で奇妙な死生観を会話の要所要所に開陳するという按排で、捜査を進める警察側の人間もタジタジです。
そんな奇妙な施設を舞台にして、石膏ギプスの包帯で顔中をグルグル巻きにされた死体が見つかったり、コチコチに凍りづけになされた生首が密室状態の特異な部屋で発見されたりと、立て續けに異樣な事件が発生します。財団の運営方針に關しては派閥の対立もあって、どうやらこの殺人事件もそれに關連しているらしいのだが、……ということで警察の捜査が進みます。
日常とは乖離した舞台の中で、これまた非日常的な状況でしか成立しえないような奇態な仕掛けが次々と炸裂する譯ですが、それがまた物語の主題にもなっているトンデモな死生観とも相俟って、いびつで異樣な雰圍氣を釀し出しているところが素晴らしい。
かといって本作はこの奇態さのみで押しまくる譯では決してなく、探偵役の警部補の心情にもシッカリと踏み込んで、後半の伏線に繋げていくところがうまい。で、この警部補が、トンデモ施設の連中も含めた事件關係者たちの発する濃厚な狂氣に絡め取られていく後半は何とも哀しい。彼がある事件をきっかけに自らの内なる狂気を爆発させて犯人と対峙していく樣は圧巻です。
それぞれの事件に用いられる仕掛けの本質は非常に單純なものなんですけど、何よりもこの異樣な施設の雰圍氣が際だっていて、それがまったく普通に見えないところが何ともいえません。更に巧智を極めた犯人は偽の手掛かりをも鏤めつつ警察の捜査を翻弄していくのですが、これが最後に疊み掛けるようなドンデン返しとなって展開される後半は拔群です。
実をいえば自分は作者の小説をあまり読んでいなくてアレなんですけど、作者の作風というと、島田荘司にも通じる度肝を拔くような物理的仕掛けが詩情溢れる情景を現出させる、みたいなものだと思っていたんですよ。
で、本作なんですが、異樣な仕掛けはシツコイくらいに開陳されるものの、この特異な施設の閉鎖性ゆえか、以前讀んだ「御手洗潔対シャーロック・ホームズ」や「本格ミステリ05 2005年本格短編ベスト・セレクション」に収録されていた傑作短編の「光る柩の中の白骨」のような強烈な幻視力が釀しだす詩美性は稀薄な為、自分としてはちょっと違うかなあ、というかんじでありました。
寧ろ異樣な舞台装置の中で、異樣な人物たちによってなされる犯罪という点では、島田荘司というよりは山田正紀に近いものを感じましたねえ。特に後半、物語の主題の奇態さが釀しだす狂気が伝搬し、「こちら側」にいた筈の人物までもが一線を踏み越えて「向こう側」に行ってしまうというところなど特に。
それでも山田正紀の作風と大きく異なるのは、幻想性が稀薄なことでしょうか。山田正紀の作品には現実と幻想、或いは現実と虚構という対比が物語の構成に關係していることが多いのですが、本作にはそれがありません。このあたりがちょっと自分の好みとずれるというか、作者の作品を手に取るのを躊躇ってしまう所以でしょうかねえ。
もっともトンデモな物理トリックや後半に展開される怒濤のドンデン返しの過剩性など、マニアがニヤニヤしてしまう要素はテンコモリで、本格ミステリ・マスターズのシリーズの中でも上質の作品であることは確か。作者の作品を読み込んでいる人の感想を聞きたいところです。