誤った認識が流布される前にそいつをキチンと正しておかないといけませんよねえ。
今日は「ミステリマガジン」の二階堂黎人vs.笠井潔のネタを書いたのでもういいだろうと思っていたんですけど、何氣に氏の日誌を見てみたら、とうてい見過ごせないようなことが書いてありまして。
曰わく、「人狼城の恐怖」が台湾で翻訳出版されることになり、その印税の振り込み通知が届いたと。今後蘭子シリーズは全て台湾で翻訳出版されることが確定し、……というくだりはいいんですけど、その後。
綾辻氏や有栖川氏の本も翻訳出版されていて「台湾では今、日本の新本格ブームが起きてい」るっていうのはちょっとちょっと、ですよ。
現在台湾のミステリ界で起こっていることというのは、「日本の新本格ブーム」なんてそんな小さなものに收まるものではない譯で。
確かに氏が指摘している通り、綾辻氏や有栖川氏の作品が翻訳出版されているのは事実でありまして、このことについては去年このブログでも「野葡萄」の記事を引用してお伝えした通りですし、ミステリファンの皆さんであれば、有栖川氏が訪台された時のことを書き記した「メフィスト」の記事にも目を通されたことと思います。更に綾辻ファンであればこんなことはもう、二階堂氏からいわれるまでもなく知っていたことでしょう。
ここで指摘しておきたいのは、現在台湾で翻訳出版が進んでいるのは日本の新本格の作品のみならず、英米も含めたミステリの作品や旧作も含まれているということです。特に日本の旧作については近年、島崎博御大の手によって續々とリリースされている譯です。
更に現在の台湾ミステリ界ではここでもお伝えした通り実作への取り組みも盛んで、ここでも既に取り上げた藍霄、既晴は次々と意欲的な作品を発表しており、更には二人に續けとばかりに、林斯諺のような若手作家も登場しています。
また実作のみならず、評論の分野においても、前回紹介した凌徹をはじめとして、冷言、杜鵑窩人といった面々が「野葡萄」へ精力的に批評を発表しています。更に付け加えるとすれば、彼らプロ作家や評論家、編集者と、ミステリファンたちは大學の推理小説研究會やネットで、彼ら自身の実作に對しても闊達な議論を日々行っている譯です。
このような台湾ミステリの状況を無視し、自分の作品や綾辻氏、有栖川氏の作品の翻訳出版のみをとりあげて、いかにもそれが台湾ミステリの現在であるかのように矮小化するというのはいかがなものか、と思う譯ですよ。
台湾ミステリが日本の新本格のみのブームでないことの実証として、例えば「誠品好讀」の2005年四月號を挙げてみましょうか。この號では、ローレンス ブロックを大々的に取り上げ、彼が訪台した時の對談内容とともに、藍霄と既晴がブロックの作品について語った對談を収録しています。
また最近の「野葡萄」、二十九號に目をやれば、この「推理選書」の記事で取り上げられている最新刊は、例えばジャクリーン・ウィンスピアの「夜明けのメイジー」、日本のものでは松岡圭祐「千里眼2」、東野圭吾の「宿命」など。決して日本の新本格「のみ」ではない譯で、歐米そして日本の新旧作品が同時に翻訳され出版されているという状況です。とりたてて日本の新本格の作品のみが突出して出版されているということはない譯で、何をもってして氏がブームといっているのか分かりませんよ。
氏の、自分の作品が翻訳出版されるからということで、あたかも自らの作品がブームの渦中にあるかのように取られかねない記述で、台湾ミステリの現状を歪曲して伝えようとする意図は如何に。
とまあ、自分のような一ミステリマニアがこんなちっぽけなブログに書いたとしても、実際はプロ作家が口にした一言が事実として流布されていく譯で、何だか非常に空しいんですけど、それでも将来台湾ミステリ史を研究する日本人が現れたときのことを考えると、やはりここでキチンといっておかないといけないと思った次第です。ちと大袈裟ですかねえ。
尚、氏が言及している「人狼城」ですが、小知堂文化からリリースされる予定。
[01/25/06 追記]
というか、昨年訪台した有栖川氏や芦辺氏といった本格ミステリ作家クラブの會員から台湾ミステリの「視察報告」みたいなものは受けている筈ですよねえ。それが何でこういう認識になってしまうのか。本當に不思議ですよ。
[01/26/06 追記]
いくつかコメントを追加して修正しました。