まずジャケに刮目せよ。
「台湾ミステリを知る」第四回は、アレ過ぎるジャケと、ネトゲに徘徊する殺人鬼というこれまたアレ過ぎるネタに、フェノメナ系のトンデモ現象を加味した怪作、既晴の「網路凶鄰」を紹介したいと思います。
本當はまだこのブログでも名前だけしか挙げていない冷言の短篇とか、林斯諺の長編二作とかを先に取り上げるべきなんでしょうけど、まあそこはそれ、ということで。
で、本作なんですが、まず何よりも凄いのはそのジャケ。あの時代の、ひばり書房系スカム少女ホラーを髣髴とさせる素晴らし過ぎるジャケ画に注目ですよ。赤地に七十年代の劇画テイストがムンムンに感じられる絵柄の女性、そしてその背後にボワーと浮かんでいる魔物の影に、白の縁取りがなされたタイトル「網路凶鄰」の文字。キワモノファンだったらもうこれだけで買いでしょう。
しかし実をいえば本作、ジャケの凄さに反して、既晴の作品の中では一番マトモ。ネタもネトゲに徘徊する殺人鬼というあまりにベタなネタを使って、ミッシングリンクもののミステリに手堅く纏めています。
「別進地下道」で見せてくれたトンデモ大博覽会こそ見られないものの、フェノメナ系のトンデモ現象を殺人事件の核に据え、娘を溺愛するキ印親父やネクラの弟、ネットに徘徊するトンデモ殺人鬼、魔法アイテム、さらには探偵マニアの女子高生と、現代的なアイテムを隨所に鏤めながらも、しっかりと変態萌えの要素が暗示されているあたりは流石ですよ。
物語は、高家薇という獨身OLの話から始まります。とりたてて美人でもない彼女はネットで三人の人格を使い分けていて、ひとつは女子高生、そしてもうひとつは新婚ホヤホヤ、でも旦那はいつも出張ばかりで淋しいの、……という新妻。さらにもう一つは大學を卒業して大企業に入社した新人OLというキャラでして、実をいえばこの一番最後のやつは十年前の自分。彼女はこの三人のキャラを使いわけながら、話し相手の男性を見つけて日々の寂しさを紛らわせているのでありました。
彼女はチャットルームで「痴的男子」という男性と知り合って何となくいい雰圍氣になっていたんですけど、最近彼とは音沙汰がない。そんな中、彼女は「火象星座」という男とチャットするのですがこれが変態中の変態で、「俺、お前に会ったことあるよ」とかいってきて「その証拠を見せるから」と送ってきた寫眞というのが、自分の部屋を隱し撮りしたものと、何ともエグいグロ画像の全三枚。
それもグロ死体の顏の部分を、彼女のものにすげ替えたアイコラ画像だったから大パニックですよ。グロアイコラを見せつけられて錯乱する彼女に「火象星座」が「お前をブチ殺す」と脅迫してきたその瞬間、チャット仲間だった「痴的男子」がチャットルームに入室。その間にも変態「火象星座」は「送ったグロ画像のどれがお氣に入りかなあ。お前、どんなふうに殺されたい?グヘヘ」なんて変態言葉を吐きかけてきます。
「痴的男子」に助けを求めようとキーボードに打ち込んでいると、「火象星座」の「俺は今おまえのすぐそばにいるんだよ」という文字に震え上がった彼女は悲鳴をあげて部屋を飛び出します。その瞬間、彼女は飛び出してきた影に襲われて、という展開は御約束。そしてディスプレイには彼女のチャット友達だった「痴的男子」の「火象星座っていうのは俺のことだよ、ケケケケケケ……」というコメントが殘されていた、……という平山センセの「東京伝説」を髣髴とさせる何とも鬼畜なプロローグを經て、物語は第一章「天使的涙滴」へと續きます。
ここからようやく「別進地下道」でも探偵役を務めた本作の主人公、張釣見が登場。失踪した娘を捜し出してもらいたいという依頼を片づけて彼は、次の依頼主から話を聞くべく台北の高級住宅街天母(まあ、東京でいえば青山みたいなものでしょうかねえ)の高級マンションを訪れます。
依頼主は登山事故で兩足を失い、車椅子に乘っている中年の大富豪で、男はネットジャンキーになってしまった娘を助けてもらいたいといってくる。何でも娘が夢中になっていたネトゲには殺人鬼が徘徊していて、彼女は殺人鬼に狙われているんじゃないか、と妄想している譯です。
彼には娘と息子の二人の子供がいるらしいのですが、第二子の長男を産んだあと妻は衰弱死、そして娘は亡くなった妻にクリソツで、……なんて饒舌に話しまくる親父の話は軽くスルーして、とにかくお孃さんと話をしたいと彼がいうと、案内された娘の部屋は壁から床から机からハローキティのぬいぐるみから全てが全て眞っ黒に塗られていたから尋常じゃない。さらには部屋の天井からは首吊りの白い繩がブラリとぶら下がっているという具合で、その部屋の異常さに驚きつつも、張は娘が使っているパソコンからネット殺人鬼の手掛かりを探ろうとします。
メールから転送ファイルから色々調べていく中で、女が首を吊る瞬間を収録した恐ろしい動画を発見するも、依頼主のいうネット殺人鬼の情報は見當たらない。彼は依頼主の長男とも話をするのですが、何でもこのネクラ弟の話だと、姉は既に死んでいるという。おまけにその死に方というのが、この黒の部屋で焼死していたというからこれまた普通じゃありません。部外者がこの部屋に侵入して彼女の部屋に放火することは不可能で、更に彼女の死に方はどう見てもいわゆる人体自然発火現象としか思えないという。
このネクラの弟の証言から、娘が生きているといっていた親父はキ印認定、そして張は娘が遊んでいたというネトゲを探るうちに、同じような人体自然発火現象で死亡している女性が他に二人もいたことを知るに到ります。果たして彼は調査の過程で知り合った探偵マニアの女子高生と共にネット殺人鬼の正体を突き止めようとするのだが、……という話。
ミステリ的な仕掛けとしてはミッシングリンクということになるのでしょうが、本作の場合、トンデモ現象である人体発火現象を絡めて、さながらネトゲという現代的舞台を魔術的世界へと変容させているところが作者らしい。
そのほか人体発火現象と、プロローグで登場した女性と「火象星座」、そして探偵張が張り込んでいたネットカフェでの出來事など、前半にさらりと流されていたエピソードが後半に繋がっていくところはなかなか讀ませます。しかしキワモノアイテムについては人体発火現象ひとつで押しまくるという展開は、自分のようなマニアにはちょっと物足りないといえば物足りないですかねえ。「別進地下道」のような怒濤の展開を期待していると肩すかしを食らうかもしれませんよ。
ミッシングリンクを探っていく過程で、探偵マニアの女子高生やその仲間も含めて樣々な素人推理が開陳されるところはちょっと笑えます。被害者の三人の女性の関係を追いかけていた探偵でありましたが、キ印親父の息子が襲われるに至って事件は急展開、そして変態犯人の遺書が最期に明かされて終わりかと思いきや、最期の最期でこれが見事なドンデン返しを見せてくれます。
ただ実をいえば、前半で自分は犯人、分かってしまいました(爆)。だから寧ろ変態犯人の遺書が出て来た時には自分の推理が間違っていたのかとのけぞってしまったんですけど、最後に探偵張が明かした犯人が自分の予想していた通りだったのでニンマリですよ。
事件はすべての怪異に現実的な解を明らかにして終わります。その點では本作、怪奇幻想ミステリというよりは、オーソドックスなミステリの作風を踏襲しているといえるでしょう。
「超能殺人基因」の島崎博御大の解説に曰わく、「別進地下道」は黒魔術と(トンデモ)生物科学を融合させたミステリで、本作は黒魔術と電子科學をテーマにした推理小説、とのことなのですが、ネトゲ自體が魔術的な世界觀を形成しているが為に、本作では既晴の風格である黒魔術トンデモテイストが、ネトゲの魔法世界を介して物語の中に違和感なく溶け込んでいます。
普通であればこの違和感のなさを賞贊すべきなんでしょうけど、自分としては寧ろ黒魔術やトンデモな要素がブチ込まれたムリヤリ感こそが既晴の持ち味だと思っているので、ちょっと本作のような路線は物足りないんですよねえ。ただこれはあくまで自分のようなトンデモマニアの趣味であって、普通のミステリファンだと本作のような、オーソドックスなミステリの風格を踏襲した作品の方がいいのかもしれません。
現在、この探偵張釣見のシリーズは三作リリースされておりまして、一作目は前回紹介した「別進地下道」、そして二作目が本作となります。因みに三作目は昨年リリースされた「超能殺人基因」。本作は「別進地下道」から二年後の物語となっており、天母の依頼主を訪ねるところで、探偵張が二年前の事件を回想するシーンがあったり、探偵マニアの女子高生に初戀の女性夢鈴の面影を見てしまったりと、「別進地下道」の事件が彼の心に未だ暗い影を落としていることが分かります。
探偵のシリーズものということで、既晴の作品としてはまず最初は大傑作「別進地下道」を讀んでもらいたいなあ、と思うのでありました。ただ、本作の普通さと手堅さも捨てがたく、あまりにトンデモなのはちょっと、という御仁には、普通にミステリしている本作の方がおすすめかもしれませんねえ。