タイトル通りに厠を題材にした競作集。臭くて汚くて怖いという逸品を取りそろえた一冊で、堪能しました。
収録作は、京極怪談ならではの「語り」の技巧から臭くて汚いおトイレを幽玄世界へと変幻させる京極夏彦「便所の神様」、悪霊の封印をといてしまった家族に降りかかる臭くて汚い怪異を狂った筆致で活写した「きちがい便所」、エロのフレーバーを効かせながらも怪異の出現描写に関しては収録作中一番のインパクトを誇る福澤徹三「盆の厠」。
寿行的文体を駆使してグロテスクな異常世界に人間の業を立ちのぼらせる飴村行「糜爛性の楽園」、トイレの博物館でのリアルと個人的体験がねじれたかたちで交錯する趣向が素晴らしい黒史郎「トイレ文化博物館のさんざめく怪異」、飢餓地獄絵図を際立たせて厠ネタを後景に退かせた結構が収録作の中では異彩を放つ長島槇子「あーぶくたった――わらべうた考」。
過去現在、リアルと幻想を混沌とさせおトイレネタを幻想小説にまで昇華させた水沫流人「隠処」、岡部怪談ならでらの因業因習を凝らした世界観に精緻な技巧が冴え渡る傑作、岡部えつ「縁切り厠」、さまざまな厠怪談を繙きながら、その実、収録作のルーツを知り、味読する上でのヒントがテンコモリな松谷みよ子「学校の便所の怪談」、東雅夫「厠の乙女――便所怪談の系譜」。
厠をテーマに据えながらも、すべてがまったく異なる雰囲気を持っているというところがある意味奇跡的な一冊ながら、「学校の便所の怪談」と「厠の乙女――便所怪談の系譜」を読むと見えてくる、厠怪談ならではの共通項など、一冊の本として見た場合の編集も素晴らしい。
個人的なお気に入りはやはり岡部女史の「縁切り厠」で、「枯骨の恋」に収録された短編と同様、怖い、哀しい、巧いという三拍子揃った傑作です。冒頭、岡部怪談ならではのエロスでグッと読者を惹きつけながら、因習因業と女の性をクロスさせて怪異を現出させるための仕込みを着々と構築していく手際が秀逸です。
そしていよいよ怪異の登場となって、語り手の哀しい過去が幻となって立ち現れる、――ここでは怪異の存在が口にする台詞に注目で、この変化によって語り手の業が浄化される幕引きも素晴らしい。ミステリ読みとしては、210pでは語り手が待合室でゲス野郎とバッタリ会ったあとの「処置」については言及していないゆえ、最後に怪異が口にした「……流そうか」についてはダブル・ミーニングが隠されているものとして読んでみました。
京極氏の「便所の神様」は、臭くて暗くて汚くて怖い、という便所の描写がまず凄い。自分のような世代であれば覚えているあの「便所」のイメージが、巧妙な語りによってその臭いや闇の濃さまでを伴って立ちのぼってきます。そして臭くて暗くて汚くて怖いという便所に頭がイッちゃってそうな老人の描写を重ねてみせるという盤石さ。いつもながらの語るものと聞くものの立ち位置を曖昧にして、読者を惹きつけてみせる技巧もいうことなし。
収録作中、汚い穢いという意味では、平山氏の「きちがい便所」はタイトルからしてヤバさはマックスという一編で、引っ越してきた先に封印された隠し部屋があって、……と定番の展開をトレースしながらも、ウップオエップとなりそうな汚さと臭さに狂気をブチ込んで物語を牽引していきます。インテリ父さんのご乱心という、これまた定番のネタに臭くて汚い便所がコンボになるとこれほどまでにおぞましいお話になるのか、という驚き。
グロという点では、飴村氏の「糜爛性の楽園」がピカ一。ここまでグチャグチャだとファンタジーになってしまうので、笑って愉しめてしまいます。「粘膜人間」では今ひとつ世間のぐっちゃねフィーバーにはノれなかった自分も、今回は「た」で終わる短文を繋げていくという寿行的文体が心地よく、堪能しました。寿行的文体というのは、例えばこんなところ。
おめぇ初めてなのに気持ちええかったのかと父が訊いた。
スエは死ぬほど気持ちええかったと答えた。
これから毎日してええかと父が訊いた。
ええよ、とスエは答えた。
黒史郎氏の「トイレ文化博物館のさんざめく怪異」は、どこかとぼけたような文体とともに、博物館ネタがこんなかたちで語り手の業に結びつくのか、という意外性がいい。
収録作を読み終えて、ちょっと面白いなと思ったのが、それぞれが個性的でありながら、厠の怪異の出現方法などにはある種のパターンがあるな、と気付かせてくれたことで、トイレといえば、やはり怖いはくみ取り式の便器の向こうに広がる真っ暗闇で、実際、ここからぬっと怪異の存在が顔を出す、――というのはひとつの定番でもあり、収録作の中でも当然このネタは開陳されているわけですが、そのほかにも死角となっているある場所に気がついたらソレがいた、とビックラこいてしまうものがあって、「学校の便所の怪談」で紹介されている「赤い紙、青い紙」はその驚かし方の原型なのかナ、とか、考えながら後半の「学校の便所の怪談」と「厠の乙女――便所怪談の系譜」を読むのもまた愉しい。
確かに面白いのですけれど、いずれの作品も作者が異常なほどの気合いを入れて書いており、平山氏と飴村氏の作品を続けて読むとマジで発狂するカモ、というような一冊ゆえ、イッキ読みは臭くて汚くて怖いものに耐性がある人のみ、ということで。オススメ、でしょう。