今讀み返してみると、何だかこの眞相はかなりトンデモというか、メフィスト系というか。それでも作中で展開される「犯罪連立方程式」を成立させる為の仕掛けがかなりハジけていて、やはり名作だなあと再確認した次第です。
冒頭の「ある殺意」< 密会者ノ章>は「私」の一人稱で語られてるのですが、この密会の場面というのが何というか火曜サスペンス風味のいかにもヌルいドラマなんですよ。
私は男との密会場面を何者かに盗撮されてしまいます。男の略歴がここで簡単に述べられているのですが、これがあらすじにもあるミスコン候補者の連續殺人事件とどう絡んでくるのかはこの章を讀んだだけでは見えてきません。「ある殺意」という章題からこの密会現場を盗撮した寫眞と、脅迫者が後の事件に絡んでくることは予想出來るのですが、これが見えてくるのは事件も後半になってからです。
しかしこの密会相手の男というのが本當に慘めな境遇でして、製図屋をやっていた彼は交通事故に巻き込まれて片腕を失ってしまいます。で、自活能力がないからということで、彼は事故を起こした社長の一人娘と無無理矢理結婚させられてしまう。「私」という戀人がいるのにですよ!
彼が結婚させられた娘がこれまた脊髓を痛めて寢たきりのままでして、「私」いわく「一人娘の慰みに形ばかりの婿として、迎えてやろうという魂胆」だったことは明らか。
さらにこの義母というのがトンデモない鬼婆で、浮気をしたあと歸宅した男に對してネチネチと嫌みをいうわ、「あんたを離縁したがってうずうずしている」だのと、何というかもう、男の自尊心をズタズタにするようなことを吐き散らす譯です。これだったら男もこの鬼婆を殺して當然、……と思いきや、殺されるのはこの婆ではありません。
この章の後半で、「私」がミス・コンテストの候補者であることが明かされます。次章、「黒い影< 美女群の章>」から、候補者が不可解な事故に遭ったり、密室状態でガスを使って殺されたり、棚が落ちてきて死んだり、最後には冷藏庫の中で窒息死をさせられたりという壯絶な殺し方まで登場して、候補者の殆どが死んでしまいます。
中途中途で、密室を含めた三つの殺人事件の仕掛けを刑事は解いていくのですが、たとえそのトリックを犯人が使ったとしても今度は、「私」を含めて殘された容疑者には鐵壁がアリバイがあり、……といかにも火曜サスペンス的なノリで物語は展開します。
しかしこの棚を落として被害者を殺害するトリックなどかなりハジけています。ガスを使った密室も含めいずれも昔懐かしい機械トリックなのですが、本作で際だっているのはこれら個々の仕掛けではなくこの事件の真相でしょう。たとえミス・コンが舞台とはいえ、いくら何でもこの眞相はありえないでしょとツッコミを入れたくなってしまいます。
中盤からは事件を追いかける刑事のパートが主となって物語は進むのですが、重要な容疑者として浮上してきた「私」を追いつめていく刑事がふとしたことで出會った隻腕の男を尾行したところで、冒頭の「ある殺意」の章と繋がる展開です。
ここからは「ある殺意」の章で、密会の寫眞を撮られては脅迫され、密会を終えて歸宅すれば義母に罵倒されてととにかくひたすら慘めな思いに耐えてきた男が、刑事とともに事件の眞相を暴こうと奔走し、ついには反撃に出ます。
最後の修羅場はなかなか壯絶。義母の開き直った鬼婆ぶりが相當に痛い。幽鬼となった男に對して「馬鹿者!どの面さげて帰った来た」と罵倒する老婆と、ついに牙を剥いた(ってこの表現はちと違うか)男の変貌ぶりがいい。火曜サスペンスでは御約束の展開ですな。
事件の眞相は最後の一ピースが解かれないまま終わるのかと思いきや、終章の最後でそれが明かされるという幕引きの演出も心憎い。
事件の真相はやたらと派手派手しいのですが、物語の進行は手堅く、登場人物もそれほどハジけた男女は出て來ません。纏まりすぎたところが何となくドラマっぽい雰囲気を釀し出しているのですけど、トリックの奇拔さと眞相のトンデモさでミステリ史に名を殘した傑作といっていいでしょう。ミステリとしての物語へさらに何かを求めてしまう御仁には物足りないでしょうけど、うまく纏まったミステリを所望の方はきっと満足出來ると思います。