どうにも物足りないんですよ。フルコースを頼んだのにデザートがついていなかった、みたいなかんじで。
「そして名探偵は生まれた」、「生存者、一名」、「館という名の楽園で」という三作の中編を収録した作品集。ジャケ帶にいわく「密室トリック三部作」とのことなのですが、「生存者」は孤島ものだし、密室トリックというのは少しばかり苦しいような。
更に「そして名探偵は生まれた」は書き下ろし、殘りの二作はすでに文庫でリリースされたものの再録ですから、既にこの文庫を讀まれてしまった方にはお得感も少ないでしょう。
「そして名探偵は生まれた」は影浦速水という名探偵が活躍する探偵小説と思わせておいて実は、……という作品。冒頭、いきなり大団圓のシーンから始まるのですが、この前振りとなる事件の眞相は妙に笑えます。犯人は足跡を消す為に、十一體の雪だるまをつくったというものなのですが、これを得意氣に述べてみせる影浦探偵のシーンからして、これは探偵小説の骨法を茶化した東野圭吾のアレみたいなかんじなのかな、と思って讀み進めます。
この予想、半分はアタリ、半分はハズレといったところでしょうか。物語の語り手はこの探偵の助手となる男なのですが、影浦とこの私のやりとりから影浦探偵のキャラ造形をうまく彫り上げていくやり方は手慣れています。そして上に挙げた雪だるまのバカトリック以外にも、影浦探偵が解決したという過去の事件のさわりが仰々しい名前とともに語られるのですが、このあたりの漫畫的な雰囲気はなかなか愉しめます。
本筋の事件の舞台となるのは伊豆の山荘。アラミツ・グループの保養所となっている山荘でグループの總帥が殺害され、影浦探偵を含めた私たちがこの事件に卷き込まれます。現場は完全な密室状態にして、犯人はこの十二人のなかにいるらしい、果たして探偵はこの謎をいかにして解くのか、……と期待させておきながらこの影浦探偵、どうにもまったくやる氣もなく、金にならなければ探偵など眞っ平ゴメンと嘯く始末でありまして、助手の私の説得も及ばず、今度はすぐさま影浦探偵が殺されてしまいます。
自分の師匠が死んでしまって助手の私は困りつつも、この事件を解決しようと立ち上がります。果たして、私はこの密室トリックを解くことが出來るのか。……
実をいうと、仕掛けも含めてこの犯人は予想通りでした、というか、もう一捻りは絶對にあるだろうと期待しまくっていたので逆に驚いてしまいましたよ。物足りない、と始めに書いたのはそんな譯でして。
續く「生存者、一名」は未讀だったので、今度は驚かせてくれるだろうと期待しつつ讀み始めます。新興宗教にカブれて爆破テロを行った犯人の信者達が孤島に逃れて、……という物語なのですが、この孤島で一人また一人殺されていくという御約束の展開に、どんなドンデン返しが待っているのかと思っていましたら、これですかッ!
うーん、物語は私の手記という形で進むし、途中で私がアレされそうになったり、さらにはもう一人の女性がアレしていたりしたので、すっかり「葉桜の季節に君を想うということ」フウの仕掛けがあるのかと思いきや、こういうふうに話を回収しますか。これもまた物足りないですよ。
最後の「館という名の楽園で」もまた、いかにもこのテの舞台設定に讀者が期待している展開を裏切りながら進んでいく話の筋運びにジラされる一作。ただ本作の場合、上の二作と相違して、このジラされた結果、最後の幕引きで哀切を誘う餘韻を引き出す效果をあげておりまして、これはこれで成功していると思います。
かつて大學のミステリ研にいた者たちが長い年月を經て再會します。会のマドンナであった聡美という女性と結婚した冬木という男の招待状に導かれて、ミステリマニアの彼が建設した館にやってきたかつての朋友たち。冬木はこのいかにもミステリ小説に出て來そうな館を道樂で建てたというのですが、招待された彼らは冬木の用意していた脚本に從って推理劇を演じることになります。
この館には執事とメイドまでもが揃っていて、當に舞台装置は雰囲気タップリなのですが、招待された連中はどうにも乘り気ではありません。付き合ってられないとばかりに冬木の歡待にイチイチ文句を垂れる彼らの言動がかなり笑えるのですが、本作はユーモアミステリ的な展開を見せる譯ではありません。
こういう話ですと、讀者としてはこの推理劇を皆が演じている最中に本當の殺人が起こってそして、……というような筋運びを期待するじゃないですか。しかし本作では後半に至るまで、冬木が考えていた脚本通りに推理劇は演じられ、大団圓で犯人と仕掛けが明らかにされます。しかし本作の本當の物語が始まるのはここから。
最大の謎、つまり冬木は何故道樂でこんな建物を建てて、皆を招待したのかという、この物語における一番の謎が最後に明かされるのですが、この虚構を演じていた登場人物たちが、虚構のなかに隱されていた哀しい眞實を知るに至ってからの展開がいいんですよ。
この結構を見れば、推理劇という虚構から現実に轉じる起點をずらしただけの物語ともいえるのですが、讀者の期待を裏切るかたちでこの起點を大団圓まで遲らせて、現実へと戻ってきた登場人物たちには眞相を唐突に明かしてしまう、という構成のうまさが光っています。やや陳腐かな、という氣がしないでもないのですが、こういうベタなところが歌野氏らしいともいえるでしょう。嫌いじゃないです。
という譯で、「館という名の楽園で」は個人的には結構愉しめたのですが、他の二作はちょっと、というかんじでしょうか。特に表題作にもなっている「そして名探偵は生まれた」はここからもう一捻りがあればかなり面白い作品に纏まったのに、と思うと勿体ないですねえ。ジャケ帶には「ファン待望の推理傑作集完成!」とあるので、ファン以外はとりあえず無理して讀む必要はないかもしれません。