「毒薬の輪舞」と完全にごっちゃになっていましたよ。
昨日「猫は勘定にいれません」のtake_14さんがレビューされていた「毒薬の輪舞」と同じ、亀さんこと海方と小湊刑事のシリーズです。「毒薬の輪舞」は精神病院を舞台とした本格推理でありましたが、病院が事件の鍵を握っているものの、こちらは何よりも奇天烈な着想が光るミステリ。
再讀してみると、眞犯人は本當にあからさまに提示されていて、讀んでいるあいだにまったく氣にも留めていなかった自分に呆れつつ、ここまで大胆に手掛かりを提示しておく作者の周到さと自信にただただ唖然としてしまいましたよ。
物語は競馬場でレースの最中、大觀衆のなかで一人の男が殺されるところから始まります。たまたまその場に居合わせていた小湊進介、そして彼の上司である亀さんこと海方がこの物語の狂言廻しなのですが、何処の方言ともつかない獨特の語尾と呻き声が特徴的なこの海方と小湊の掛け合いの輕妙さは、作者の亜愛一郎シリーズなどをはじめとしたユーモアものではお馴染みの作風でしょう。そんな舞台装置のなかでも、この事件はとにかく奇天烈。
競馬場で殺された男の身許は明らかになり、犯人もほどなく割れるのですが、さらに事件が混沌としてくるのはそれから。今度は競馬場で殺された男を殺害したとおぼしき容疑者が死体となって見つかります。
そして更にはその男を殺した犯人を海方たちは追いかけるのですが、彼もまた車の中で死体となって発見される、……というようなかんじで、次々と殺人リレーが展開されます。
海方は、このリレーは一番最初に殺された男が仕掛けておいたある罠で、最後の人物が殺されるようになっている、と喝破するのですが、……この展開、何処かで見かけたような氣がしませんか?
そう、この話、かの氷沼紅司が讀んだら狂喜しそうな内容ではありませんか。もっとも彼の手になる「凶鳥の黒影」はシュニッツラアの「輪舞」式に、四つの密室事件を殺人輪舞に仕立てたという趣向でありましたが、こちらは衆人環視での殺人に始まり、樣々な殺し方を見せてくれているところが少しばかり違います。
それに本作もある病院が事件の鍵を握っておりまして、裏庭で新種の花の栽培こそしていませんでしたが、病院の院長もこの殺人輪舞に關連してシッカリと登場します。
このあたり、もしかして作者はこの「凶鳥の黒影」に触発されてこんな奇天烈な物語を考え出したのかな、などと考えてしまうのですが、實際のところどうなんでしょう。ほかにも、例えば海外のものなどで、こういう殺人輪舞をモチーフにした作品ってあるのでしょうか。
勿論本作にも「驚くべき眞相」がシッカリと用意されていて、これがまた、ノッケからあまりにあからさまに手掛かりが提示されているのにまったく氣がつきませんでしたよ。
物語は輪舞のごとく殺人が次々と起こり、流れるように進みます。後半に至って、この殺人輪舞の最後の人物とおぼしき人間を追いかけるところでサスペンス風に轉じるものの、海方の見立てを裏切るような物證が出て來て再び謎が深まり、……と果たして眞犯人は誰なのか、そしてこの殺人輪舞を裏で操っていたのは誰なのか。
全体を流れる雰圍氣は海方と大湊の掛け合いの面白さもあってユーモアミステリなのですが、上にも述べたような奇天烈な発想が光るあたり、何処となくピエール・シニアックの「ウサギ料理は殺しの味」を髣髴とさせると感じるのは自分だけでしょうか。とにかく奇妙な味のミステリではあります。
トリックの緻密さというよりも、奇矯な発想を舊にした事件と、周到な伏線から導き出される推理がいかにも作者らしい佳作でしょう。
本作は絶版かと思いきや、出版芸術社から單行本でリリースされているんですねえ。このミステリ名作館というシリーズは戸川昌子の「猟人日記」と同じですね。
いずれも講談社から出版されていて絶版になっているものばかり。そういえば以前取り上げた式貴士の「鉄輪の舞」も出版芸術社からのリリースであったし、なかなかいい仕事を見せてくれています。
という譯で、take_14さん、自分は完全に勘違いしておりました。そちらのエントリにすっとぼけたコメントを書いてしまってすみません。うう……(と海方フウの呻き聲で誤魔化してみる)。