バカミス、ダメミスなどといっていましたが、本作、改めて讀み返してみると、伏線の張り方などには光るものもあり、駄作の一言で切り捨ててしまうには惜しいのではないかと思い直しましたよ。
色々と云われている本作ではありますが、バカミスであることは確か。その意味でこの怪しすぎるジャケは秀逸といえましょう。
怪しげな新興宗教のインチキ曼荼羅を思わせるイラストや、タイトルの「六色金神殺人事件」を黒で縁取りしているあたりに素晴らしいチープ感が釀し出されています。
昭和二十八年、青森縣津本村での出來事として語られる大仰なプロローグも、「いいかッ。心して讀めよッ。これから壯大な物語が始まるんだぞッ」てなかんじでえらく力がこもっています。このあたりの虚假威しはいかにも「ゲッベルスの贈り物」をものにした作者らしいのですが、第一部に入ると場面は一転、本作のヒロイン江面直美が車で道に迷っているところから始まります。
車も動かなくなり、迷い込んだ先は「六色金神祭」が始まろうとしている津本町。彼女はこの後、凄まじい連続殺人事件へと卷き込まれることになります。
何しろ展開される殺人方法がおしなべて尋常ではないんですよ。公演中の男が突然宙に浮かび上がり、壁に叩きつけられて殺害される、社の上空で體を大の字に伸ばして燃え上がる死体、十五分の間に部屋のなかで氷づけにされて殺害される女性、……などなど、どう考えたって合理的な解決が不可能な殺人が衆人環視の前で立て續けに起こります。
そしてそれらの殺人はすべてがこの村に伝わる六色金神歌の見立てになっているというのですからもう。この六色金神にまつわるいわれというのがまたふるっていて、この縁起を記した書物は六色金神伝紀といい、これは今を去る百六十億二千四百万年前の宇宙開闢から、大和朝廷が成立するまでの神代を記述したものだというから威勢がいいじゃありませんか。
この六色金神伝紀が東日流外三郡誌にインスパイアされたことは疑うまでもありませんが、そのほかにも竹内文書や日ユ同祖論などにもシッカリとふれているあたり、怪しさも滿點です。トンデモ本、僞書マニアの御仁はきっとニヤリとされることでしょう。
でこの六色金神にちなんだ祭が執り行われる譯ですが、これを街興しにと安いイベントに仕立てた者とそれに反對する者があり、そのなかで怪異が起こる、……ってこの設定、何処かで讀んだことがあるような。
これって、諸星大二郎の妖怪ハンターシリーズのひとつ「闇の客人」と同じじゃないですか。もっともあちらは村人がイケイケドンドンで稗田の意見も無視して突っ走ってしまった結果、トンデモないことになってしまう譯ですが、こちらの方はジャケにも伝奇ミステリとあるとおり、腐っても「ミステリ」ですから怪異を怪異のまま放り出して終わりという譯にはいきません。シッカリと、讀者がのけぞるような素晴らしいオチを用意してくれています。
で、このオチがあまりにスバラし過ぎるのでアレなんですが、よくよく讀み返してみると、このバカなオチに對してあちこちに伏線が張り巡らせてあるのですよ。例えばヒロインの直美が接する村人たちの奇妙な言動を注意深く讀んでいれば、容易に氣付かれる方も少なくない筈で、その意味では決してバカミスではないのではないか、などと思ったりした譯です。
寧ろ、後半の謎解きになって、ヒロイン直美が事実を突き止めていく場面と、探偵が謎解きを開陳していくシーンとが併行して語られていくところが光っていて、このあたりの考え拔かれた構成も莫迦には出來ません。ここで作中の虚構と作中の現実とが絡み合って、その裏にある本當の眞相が見えてくるあたり、竝のミステリではありません。とはいっても、これとてひねくれた目で見ればバカミスなんですけど、まあそこはそれ。
本作は伝奇ミステリと名前がついていて、トンデモネタも満載、ツッコミどころもテンコモリな譯ですが、双子の珍妙な老婆が登場したりと、何やら謎めいた因習が残る村が舞台というあたり、正史リスペクトの雰圍氣もあったりします。僞書、トンデモ、怪しげな探偵小説と、すべてのバットテイストをごった煮にしたミステリの闇鍋とでもいいましょうか。
まあ、とにかく眞面目に讀まないことです。
次々と起こる事件にただただ翻弄されながら作者の惡ノリについていくこと。この方が愉しめます。そして驚くべき眞相にひっくり返ったあと、あらためて最初から伏線を辿っていき、ミステリとしての資質の高さに感心する、……こんな讀み方がいいのではないでしょうかねえ。
自分は何も知らずに讀み進めていったものですから、最後はすっかり頭に血が上ってしまいまして。しかしこうして最初からトンデモない話だよ、と分かっていれば讀後も今少し冷静になれたのに、と思います。
まあ、小説にはそれぞれ讀み方、愉しみ方というものがある譯で。誤解を恐れずにいえば、本作はバカミスというよりは、ミステリ小説の「シベリア超特急」といっていいのではないか、と。
いや、決してふざけているんじゃなくて、最後の眞相が明らかにされていくあたりは、まさにあのシベ急のふざけた入れ子構造を髣髴とさせるのですよ。もっとも入れ子の無間地獄が繰り返されるあたりはシベ急の方が遙かに凄まじい代物であったりした譯ですが、本作ではこの入れ子が意外や綺麗に纏まっていて、本來の效果を挙げていると思うのです。
そんな譯で、トンデモを笑える方、許せる方。貴方は本作のバットテイストを堪能できる素晴らしい資質をお持ちです。是非、本作のバカらしさに悶絶していただきたいと思います。