保守系大勢。
昨年の「本格ミステリ05 2005年本格短編ベスト・セレクション」がなかなかの力作揃いで、伯方雪日や三雲岳斗など、このセレクションをきっかけに手をつけた作家もあっただけに今回も大いに期待していたんですけど、……結論からいってしまうとちょっと微妙、ですかねえ。
どうも去年のものと比較してしまい、斬新、尖鋭、破格といったそういう方向性を押し出した作品は少なく、どちらかというと、從來からの手法でそのまま端正なミステリに仕上げたものや、眞っ當なミステリをハートウォーミングな雰圍氣で纏めたものなどが多かったなあ、という印象ですよ。
という譯で、以下愉しめたものだけ、ということで。
この中で個人的に一番だったのは、冒頭を飾る東川篤哉の「霧ケ峰涼の逆襲」で、自分を「僕」と呼ぶ女子高生が探偵役を務める物語。僕はとあるアパートの前で貼りこみを行なっているパパラッチに遭遇、猫嫌いの男を脅して話を聞くと、どうやらとある芸能人と舞台女優とのスクープを狙っているというのだが、果たして建物には車が横付けされて病人らしき女が運ばれたのだが、……という話。
一人何役というネタに畳みかけるようなドンデン返しを見せる後半の推理が壓卷で、このやりすぎ感がいい。またこの事件に絡んでいると思われる人物の身體的特徴などにもさりげなく言及して伏線を用意しているという周到さも流石で、作者らしいユーモアキャラとも相俟ってすらすらと讀めてしまいます。
黒田研二の「コインロッカーから始まる物語」は、猫殺しとコインロッカーに捨てられていた赤ん坊、さらにはボール泥棒などの不可解な事件を絡めて、それが最後にひとつに繋がるという定番の展開。娘との微妙なすれ違いを持った父親像の造詣なども交えて手堅く纏めた作品です。
霞 流一の「杉玉のゆらゆら」はもうあいかわらずのおふざけが愉しめる一品で、酒造で男の絞殺死體が見つかるものの現場には足跡がないゆえ、犯人はいかにして犯行を爲し遂げたのか、というところがキモ。「陰獣」ならぬ「飮獣」で「難病を絡めた純愛」もの映畫だと嘯くなどのおふざけが、作者のファンにはタマラないところでしょう。眞相の方はまあ何というか、というかんじである意味非常に脱力。しかしこの獨特のふざけまくりのユーモアによってそのバカバカしさも許されてしまうという風格が素敵です。
柄刀 一の「太陽殿のイシス(ゴーレムの檻 現代版)」は敢えて未讀。後日纏めた讀みたいと思いますよ。
道尾秀介の「流れ星のつくり方」は第59回日本推理作家協会賞の短篇賞候補作に入っているということで期待していたんですけど、乙一系のメルヘンっぽいなかに垣間見える殘酷な一面が素晴らしいものの、本格ミステリとして見た場合、この眞相はちょっと弱いかなあ、という気がしないでもない、……というか、ちょっと自分の方が期待しすぎていたみたいです。
ラジオを聞いている男の子から昔の殺人事件の話を聞かされてそれを推理していくという趣向なんですけど、この語り手と事件の關係に隱された嘘が明らかとなり、そのあと目撃者がいながら犯人が現場から逃げることが出來ない、というある種の密室状態の謎が解かれるのですが、前半で登場していた小道具なども含めて自分には眞相が讀めてしまいました。最後の一文でその事實を明かすという手際もこれまた予想通り。逆にいえば非常に自分とウマがあうともいえるんですけどねえ。
石持浅海の「陰樹の森で」は、キャンプやってたら男が糞を垂れ流して首吊り自殺、その傍らには女の刺殺體があって、……という話。糞を垂れ流していたという状況をもとに介する一同が違和感もなく推理を繰り出していくあたりがいかにも作者風。丹念に推理を重ねていき、実相を解きほぐしていく推理の手際は素晴らしく、こちらも安心して讀んでいられる佳作でしょう。
蒼井上鷹の「最後のメッセージ」は、これだけの短いなかに倒叙もののエッセンスを見事に凝らした逸品で、ストーカーに惱むアイドルの替え玉を用意して、とある男はストーカーを騙してやろうとするのだが、……という話。騙すもの、騙されるものが捩れていて、犯人が放っておいたあることに、姿を見せないストーカーの行爲を絡めて、犯行が暴かれてしまうというオチも効いています。ショートショートのなかにこれだけの轉結を巧みに纏めた手腕は素晴らしい。
で、自分としては、昨年のようなちょっと風變わりな、普通の本格ミステリの味とは違った、破格で挑戰的な作品を期待していたんですけど、今年はそういう作品が見られなかったというのが殘念ですかねえ。例えば逆説的発想が光る柳広司の「雲の南」とか、ロジックを磨きまくって仕上げた逸品、三雲岳斗の「二つの鍵」(「旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦」に収録)みたいな作品ですよ。
寧ろ「コインロッカーから始まる物語」や「流れ星のつくり方」のような、本格ミステリとしては定番の物語にハートウオーミング系の風格を添えた作品とか、歴史ネタを舞台に据えてそこに本格ミステリの味つけを施した「黄鶏帖の名跡」や「刀盗人」など、破格を狙うというよりは、今ある要素を用いて普通のミステリに仕上げた作品が多かったような気がします。
この作品集が本格ミステリ作家クラブの呈示するこれからの本格ミステリの方向性なのだとしたら、やはり自分は日本の本格ミステリとはウマが合わないのかもしれないなあ、とちょっと複雜な気持になってしまったのでありました。斬新さとか尖鋭、破格なものというのは今後、日本の本格ミステリの中では排除されていくものなのだとしたら、何だか数年前が懷かしいカモ、と妙に懷古氣氛に浸ってしまいたくなる作品集。
奇を衒ったものは大嫌い、眞っ當な謎解きの物語に最近流行のハートウォーミングなネタとか或いは歴史ネタとかもちょっと絡めて敢えてミステリっぽくない作品なんかがいい、という方は結構愉しめると思います。自分のような嗜好の人は今回は微妙、かもしれません。本格マニアであれば、「シェイク・ハーフ」も「太陽殿のイシス(ゴーレムの檻 現代版)」もすでに讀了濟みだと思いますし。