我、一發屋にあらず。
以前ここでもレビューしたことのある「不確定性原理殺人事件」の作者、相村英輔が帰ってきた!……といっても実際のところはかなりアレな作品で、まあ正直にいってしまえばアンノン娘とボンヤリ詩人の三流漫才に目をつむって、ミステリの結構だけを取り上げればそこそこの出来榮えだった處女作と比較するに、本作は明らかにパワーダウン。
三流漫才は後半に展開されるものの氣にならない分量に抑え、物語の内容のほとんどを延々と垂れ流される刑事の試行錯誤に費やしたのは明らかに失敗でしょう。さらには後半に開陳されるボンヤリ詩人の探偵っぷりも今回はかなり投げやりで、よほどの物好き以外は手に取る必要もないレベルの作品に仕上がっています。
物語は駐車場経営の男の妻が自宅で絞殺死體となって發見されるのですが、色々と調べてみるにどうにも他殺とすると矛盾が多い。結局自殺ということでいったんは落ち着きそうになるものの、それでもおかしな點が多々あって、警察は被害者の旦那が怪しいと睨む。しかし彼には鐵壁のアリバイがあって、……という話。
事件の當日、被害者は大阪にいたということで、犯行時刻の早朝に東京にいることは不可能。そこで刑事たちは大阪から東京に向かう方法を飛行機、電車、バスとしらみつぶしに当たっていくのですが覺束ない。さらにこの男、妻には多額の保険金をかけており、この事件の前にもいくつかの不可解な死亡事故があって、その全てで男は保險金を受け取っていることが明らかになる。すわ保險金連續殺人事件か、と搜査部はどよめくものの、やがて第二の殺人事件が密室で發生して、……。
プロローグのところで例の名探偵詩人の名前がふらりと登場するものの、物語の前半ほとんどは刑事のアリバイ崩しに費やされます。二つの空港を往き来する交通機関に始まり、飛行機、電車、夜行バス、さらには東京に到着してからの移動方法なども含めて、もういいかげんにしてッというくらいに樣々な検証が行われるのですが、これがクドすぎなんですよ。
そのたびに分單位の時間が詳細に語られるものだから、数字に弱い文系の自分は頭がグルグルしっぱなしで、正直バスだのタクシーだのといわれても、もうどうでもいいよ、とにかくどうやってもこの男には無理なんでしょう、とりあえずこの場はそれでいいですから、……と作者に頭を下げてでも物語を先に進めたくなってしまう中盤を過ぎてようやっと第二の殺人が發生します。
今度は電氣屋の親父が密室状態で殺されるのですが、例の怪しい男の会社が保險金の受取人になっていたから大變ですよ。警察ではもう絶對にあいつ意外に犯人はありえないと確信するのですが、こちらは完全な密室状態でその殺害方法が分からない。
作者の處女作である「不確定性原理殺人事件」も、被害者が密室部屋の中で小便もらしてゲロ吐いた状態で死んでいたというリアル感が際だっていましたが、本作でもそのあたりは健在で、被害者が小便もらして死んでいたという、いわゆる尿失禁の状態にこだわりまくる警察の対応は浮きまくり。
ただ本作の場合、ある程度の法醫學の知識がないと眞相にはたどりつけないという不親切設計でありまして、「不確定性原理殺人事件」のように讀者がロジックだけで眞相に辿り着くことは難しいかもしれません。ましてや前半部のほとんどを費やして展開される警察のアリバイ崩しのアシッド感にウンザリしてしまった讀者にしてみれば、そこに特殊な法醫學の知識を開陳して犯人はこういうトリックを使ったのですよッ!なんていわれても、なるほどねえ、……と小さな声で溜息をつくより術はなし。
やはり惜しいのは處女作で見られたロジックの風格が跡形もなく払拭されてしまっていることでありまして、アンノン娘とボンヤリ詩人たちの珍妙な三流漫才のシーンを警察のアリバイ崩しに置き換えたのは良いとしても、ミステリとしてのウリであるところまでを取り拂ってしまってはどうにもなりません。
探偵が直接事件に絡んでいかないところから、本作は安樂椅子探偵ものの系譜に連なる作品ともいえる譯ですけど、そうなると、警察がアリバイ崩しに迷走を繰り返す前半部の展開はまったくの無駄ということになる譯で、このあたりの構成のいびつさが何とも惜しい。
あまりに正統に纏まりすぎている一方、ロジックの冴えも排除してしまった為にその正統な部分でも光るものがないという、何ともな作品。「不確定性原理殺人事件」の寒すぎる三流漫才がタマラない、という奇特なマニアもこれでは滿足出来ないのは必定で、マニアにもダメ、普通のミステリ讀みにもダメ、ロジックが三度の飯より大好きという本格の鬼にもダメという、ダメダメの三重苦を背負ってしまった本作、正直どういう方におすすめしてよいものか惱んでしまいます。
とりあえずもし次作があるならば、處女作で見られたロジックの作風が復活することを期待、……といいつつ、リリース元は徳間だし、よほどの奇蹟でも起きない限り、流石にサードは厳しいカモ、と思うのでありました。