素晴らしい密室トリックもエリマキトカゲの雄叫びで全てが台無し。
かねてより噂に聞いていた「宇宙捜査艦「ギガンテス」」をついにゲットしましたよ。もっともこのシリーズの第二彈、「聖域の殺戮」は既に讀了濟み、イタ過ぎる作風にもすっかり馴れているので、実をいうと本作もそこそこ愉しめました。まあ、何事も馴れですよ。
もっとも蘭子シリーズやサトルものと比較して、どうにも幼稚園児の言葉遊びが全編にわたって炸裂する文体故、讀みにくいのは「聖域の殺戮」と同じで、こればかりは仕方がありません。「聖域の殺戮」でガウガウ吠えまくっていた虎女も勿論健在で、ノッケから「私も行きたかったのに!ガルルルゥ!」「ガャルルウ」「ゲルガァ!エンジン異状なし!」「ギルルゥ!艦長!」「「ガルルゥ!」とあちこちで雄叫びをあげる一方、死體を見ると「ゲェゥ」と吐き氣を催し、怪しい輩が嘘をついていると睨むや「八つ裂きにして白状させてやる!グルルガア!」「あたしなら、牙で噛み殺してやるのに!ガオオゥ!」と激昂したかと思えば、「ミャミャミャ」と笑ってみたり、「泥棒に来たみたいね。ウキュ!」なんておどけた一面もかいま見せる。さらには「けっこう面倒だわ、フギュゥ」と頬を膨らませてみせては、ホの字の副長樣を食事に誘いながら「ミャォーン。ねえ、私の副長樣」なんて甘えてみたりもするところが猫耳マニアにちょっと萌え、ですかねえ。
それと吃驚だったのは二階堂氏の作品には珍しく(というか初めてでは)セックスシーンが盛り込んであることで、男の「首筋や腕を噛んだ」り、「滿ち潮が引いても俺たちは一つにくっつい」たまま、男が「彼女のうなじや背中を優しく撫でた」なんて描写が冴えています。もっともここで絡み合っているのは虎男と虎女で、いつもは「ガルルゥ!」と吠えている虎女もこのときばかりはすっかりイチャイチャムードたっぷりに「グルルルゥ。とても気持が良かったわ。私の副長樣」なんて呟いたりするんですけど、これでは同じミステリ作家でも「涙流れるままに」で綺羅光眞っ青の鬼畜被虐エロを展開してみせた島田御大の足許にも及びません。
もっとも本作のウリはそこにはなくて、やはり本格推理原理主義者としての密室のトリックの冴えでしょう。本作では敵対する二種族を仲裁しようと訪れた地球人の親善大使がバラバラ死體となって見つかり、唯一生き殘った輩も腕を切断されるという重傷を負うのだが、その間に不審者の侵入はありえない。果たして犯人はどうやって密室に入って犯行を爲し遂げたのか、という話。
この密室トリックも大方は予想はついたもののなかなかのもので、古典的な仕掛けを宇宙空間という特殊な状況に据えて仕掛けたトリックは面白い。しかしこのようなミステリとしてはなかなかの風格も、エリマキトカゲの雄叫びが全てを台無しにしています。
それが巷で一時話題となった例の「ゲドババァ!」でありまして、高温ザルック、低温ザロンゲの二つに類別されるザルルン人種族の喉袋から息が漏れるさまにリアル感を出すべく二階堂氏がつくりだしたオノマトペがそれ。どうにもこの擬態語ばかりがひとり歩きしているような感があるので、ここではその文章を引用しておきますとこんなかんじ。
ゲドババァァ。もしも、われらがあの時、危険を顧みずに駆けつけていなかったら、この≪ギガンテス≫も、敵の攻撃で木っ端微塵に爆破されていたところだったな。しかし野蛮なザロンゲ人の抵抗組織の奴らも、さすがにわしらの戰艦≪ジゲバドギ≫を見た途端、尻尾を巻いて逃げていきおったわい。グアォドバババアアァ!
「ゲドババァァ」だけでもインパクト十二分なんですけど、この五行にも滿たない台詞の中に「ジゲバドギ」だの「ザロンゲ」だの、更には極めつけとばかりに「グアォドバババアアァ!」という雄叫びまで添えて讀者の思考を破壞するセンスにはもう脱帽。
このザルルン人とガウガウ吠えまくる虎男系が全編にわたって「ゲエウ」「グルルガア!」「ゲバハァ」「ゲッハァ!」「ゲドバァ!」「ゲハハア」「ゲッハァ」「ゲゲハゥ」「ゲェハァ!」「ゲゲゲェ」「ガルルゥ!」「ゲゲゲエェ!」「グアハァ!」「ゲフゥ!」「ゲゲハハァ!」「ゲゲャア!」「ゲブゥゥ!」「ゲグゥ!」とゲドババの協奏曲ならぬ珍妙にして狂大な交響曲を奏でてみせるから堪らない。
特にギガンテスの虎男が一同を集めて謎解きを開陳する場面はもう大變。事件の當事者であるザルルン人が揃い踏みを果たす譯ですから、ツッコミを入れられては「ゲホッ、当たり前だ」と背後から怒鳴りつけ、巧妙な偽装があったと指摘すれば「ど、どんな偽装だ!ゲッ、ハア!」と驚いてみせる。
更に犯人はおまえの仲間だと探偵役の虎男がズバリいうと、「ゲハッ!」と雄叫びをあげ、犯人がある盲點をついたことを明かしてみれば「ゲゲゲェ!まさにそのとおりだ!」と感心しつつ、意外な凶器を指摘されるや「何を言うか。ブハッ」と不満の声をあげるという具合で、台詞の要所要所に「ゲハッ!」「ブハッ」とギャグなのか大眞面目なのか理解に苦しむオノマトペがテンコモリの謎解き部分に緊張感はまったくなし。
更にこれらの雄叫びに加えて、アギャギャだのシトトチだのデデミだのといった幼稚園児の言葉遊びも全編に渡って大全開、「聖域の殺戮」の苦行を爲し遂げた自分といえどもやはりこの奇天烈なセンスについていくのが辛かったことはここで明かしておくべきでしょう。
繰り返しになりますが、ミステリとしての密室トリックは素晴らしく、密室ものとしては定番のトリックを宇宙空間という特殊な舞台にうまく活かしたところは流石です。しかし本作のキモは何よりも「ゲドババァ!」をはじめとする珍奇な言葉遊びが過ぎるところでありまして、まずはこの作者の素晴らしいセンスに馴染んでいただかないと、ミステリとしての本作の素晴らしさも愉しめないというのが辛いところ。
二階堂ファンといえども、二の足を踏んでしまうそのお子ちゃまセンスはキワモノマニアをも退ける毒氣に充ち滿ちているものの、ミステリとしての結構はよく出来ているので、本格推理原理主義者としての氏の作風を尊ぶファンはもう必讀。蘭子シリーズしか認めないという二階堂原理主義者もここは氣合いを入れて挑んでいただきたいと思いますよ。
萬人におすすめはできかねますが、「聖域の殺戮」よりもコンパクトに纏まっているので、このセンス「だけ」を堪能したいという方にはこちらを、といいたいものの、これも「人狼城」と同じく絶版なんですよねえ。古本屋で見かけたらはまずはゲットでしょう。値上がりを期待するとひどい目にあうのは必定ですが、近い将来、大藪春彦の「餓狼の弾痕」や堺屋太一の「平成三十年」と竝ぶカルト本になりえるかもしれず、ありし日の上野文庫を懷かしむ奇特な御仁は勿論要チェックでありましょう。