GW特別企畫、という譯ではないんですけど、最近古本屋で仕入れたレアものを一氣に紹介していこうと思います。で、まずはバカミスの巨匠、……ってもうこの言葉は禁句でしたね。藤岡センセの、……って何だか最近の日記「日々是好日乎」を見ると「因みに「センセイ」と言うのは明らかに蔑称だな」なんて發言もあったりして、どうやら藤岡センセはカタカナで「センセイ」と呼ばれるのもあまりお好きではないようなんですよねえ。でも自分の中では同じカタカナでも「センセイ」と「センセ」は全然違うんですけど、まあここからは藤岡氏、とします。
で、2000年にリリースされた夢枕貘編緝の格闘小説漫画アンソロジー、「格闘列伝」に収録されている藤岡氏の短篇がこれ。執筆陣は錚々たるもので、プロレスネタでは船戸与一、中島らも、ボクシングネタでは安部譲次、勝目梓などを揃え、さらには漫画では定番ともいえる板垣恵介、ちばてつやといった顏ぶれです。
そんな強者が顔を揃えるなか、藤岡氏は何と自らの空手ネタを封印し、太極拳の使い手の殺し屋を主人公に据えたミステリで參戦、男節溢れるストレートな作品が竝ぶなか、本作「達人」はもう素晴らしいくらいに浮きまくっています。しかしこれが藤岡ファンならずともミステリ好きには堪らない絶品に仕上がっておりまして、終盤にすべての世界が反転する構成は當に藤岡ミステリの眞骨頂、「六色金神殺人事件」や最新作の「白菊」でも見られた仕掛けが炸裂する傑作といえるのではないでしょうか。
物語は語り手である「ぼく」が郵便受けに入っていた茶封筒を開封するところから始まります。その中には男の名前と住所を記した紙が入っていて、どうやらその手紙はある筋から届けられた殺人の依頼の樣子。
ジムでひとり黙々と体を鍛える語り手のぼくは陳家太極拳の蘊蓄や更には陳家太極拳を本当の恐ろしさを滔々と述べたりと、感情を抑制しながらもその語りは意外に饒舌。
「完璧な殺人者」と嘯くぼくは、夜道を尾行して背後から男の腎臟に拳を突き立て、ジムの中では陳家太極拳の必殺技を男の喉に繰り出したりして自らの仕事を爲し遂げます。さらには電車の中で傍若無人に振る舞っている若者をシバこうと心の準備をしていると、黒服のいかにも「その筋」の男が若者と喧嘩を始めたから黙ってはいられない。
男が若者を半殺しにしているところへ「そのぐらいにしてやれよ」と聲をかけて止めにはいると、今度は若者をボコボコにした男がぼくに突っかかってくる。しかし男はぼくの顔を見るや妙におとなしくなってしまい、その場はそれで終わるのですが、後日警察が訪れてきて、……という話。
果たして警察はその時の電車内での出来事について語り手のぼくを問いつめるのですが、警察の本当の目的はそれではなく、どうやらぼくの「仕事」にあるようで、……というところから一氣に世界が反転します。
そしてこの眞相が明かされたあとにあらためて讀み返してみて驚くのはその伏線の巧みさで、「六色金神殺人事件」と同樣の、讀者を騙すための周到な語りが何よりも素晴らしい。ジムで陳家太極拳の必殺技を繰り出したときの場面、さらにはぼくが男を尾行した後に背後から襲いかかるシーン、そして電車の中でその筋の男をいさめたときの會話の端々と、そのすべてに絶妙な騙しの技が込められています。
このように作品の内容だけで評價出来るのは勿論なんですけど、やはり自分としては、2003年にリリースされた某傑作長編と比較してみたくなってしまう譯ですよ。で、その前にまず確認しておきたいのは、この作品が「闘人列伝」に収録されてリリースされたのは2000年、つまりあの傑作長編よりも三年早い。本作での語り手の人稱を「ぼく」とし、その眞相を讀者から遠ざける為に太極拳の達人としているところと、あの傑作長編が語り手を絶倫男という設定に据えていたのを比較してみるのも一興でしょう。
という譯で、この作品の斬新さ、そして先進性はもっと評價されても良いのではないかと思うのですが如何。常に謙虚な藤岡氏は自分が知っている限り、この作品とあの傑作長編を結びつけて「私の方が先にこのネタで「達人」を書いていたんだけどね」なんてことは一言もいっていない樣子なんですけど、ファンはこのあたりをもっともっとアピールするべきではないかと。
もっとも「白菊」がブレイクして、ようやく時代が氏の作品の先進性と奇天烈性に追いついてきたかんじがする昨今、これをきっかけに藤岡氏のもうひとつの顔、武鬪マニアにして實踐派というところを前面に押し出した本作のような作品がもっと讀めると嬉しいなあ、と思うのでありました。
[05/13/06 追記]
「先進性」という表現はここではちょっと語弊がある、ということで削除しました。この詳細については新たなエントリに書きましたので、「藤岡真氏が「達人」のメイントリックに言及されて面映ゆいと感じている件について」を參照いただければと思いますよ。
それともうひとつ、藤岡氏は短篇でもなかなかの業師だということが確認出来たのも嬉しかったですねえ。騙しの手法は長編とも変わらず、世界がぐるりと反転する藤岡節もコンパクトな短篇故にその驚きは鮮やかです。「白菊」のようにぼんやりとした光景が後半の眞相解明に至って明らかな姿を現す風格も素晴らしいのは勿論なんですけど、こういう大技をさらりと描いてしまう短篇の妙味も捨てがたい。
まるまる一册この作風で短篇を仕上げてくれたら何だか凄いことになるんじゃないかと思うんですけど、ダメですかねえ。で、最後にハッキリ書いておきたいと思うんですけど、本作はバカミスではありません。このネタがバカミスだったらあの傑作長編もバカミスということになってしまう譯で、これを「証拠」に本作は斷じて、斷じてバカミスではないッ、と藤岡氏も主張出来るのではないでしょうか。
マニアならずとも自分と同じくアレ系のミステリを愛するミステリ讀みにおすすめしたい傑作でしょう。
[05/05/06 追記]
藤岡氏のサイトの「作品紹介」を見ると、本作「達人」は2001年の作品ということになっているんですけど、ここでは自分が手に入れた初版本の奥付に從って2000年の作品としておきます。
[05/08/06 追記]
今、藤岡氏のサイトを見たら、何気に2000年に修正されていました。
[05/13/06 追記]
一部表現を削除し、その點について新しいエントリで本作の説明を加えました。「藤岡真氏が「達人」のメイントリックに言及されて面映ゆいと感じている件について」を參照していただければと思います。