パペット重奏曲。
時折手に取ってみる柄刀一氏の作品なんですけど、幸いにして今まで一度もハズレたことがありません。イッキ讀みしてしまおうかという誘惑にかられつつも愉しみは伸ばし伸ばしにと思いながらこうしてボチボチと册数を稼いでいる譯ですが、本作も期待に違わず大滿足の出来榮えでした。
何というか凝らしまくった奇天烈なトリックと二十一世紀本格魂が炸裂する物語舞台、更には社會派的な要素も含んだところなど、自分の中では當に島田御大の後繼者的な立ち位置にいる柄刀氏ではありますが、人情噺に流れない、登場人物たちのドライな描き方や、社會派といいつつ一つの主題をドカンと掲げてみせる御大のやりかたに對して、こちらは現代の病理を樣々につなぎ合わせて物語の主題に絡めていくあたりがスタイリッシュ。
本作は「友よ崩せ、絶望の密室」とジャケ帶にもある通り、大筋では探偵の親友である男性が殺人罪で起訴されたのを救いだすという物語ながら、ミステリとしての主題は密室にあらず、作品の中で示される二つの殺人、そしてこの探偵と親友の関係、さらには被害者となったロクデナシと犯人の関係などなど、樣々なかたちで「操り」を変奏させつつ重厚な物語を構築しているところがミソ。
またこの構成も心憎く、冒頭いきなり「現在・射殺体の傍らで」というタイトルから始まり、何と探偵である南美希風が、親友が起訴されたのと同じ犯行状況で目を覚まします。物語は探偵の視点から描かれたこの第二の殺人現場の場面と、「求刑四百二日前」という「現在」から遡って北海道を舞台に、探偵たちが親友の無罪を証明する為に奔走する場面とが併行して描かれていきます。
犯行の樣相はあくまで正統な本格ミステリ、しかしそこに「現在」の場面で探偵が今にも殺されようとしている場面をサスペンスフルに描きつつ、そこへ法廷劇の風味まで添えるというサービスぶり。特に探偵が目を覚ましてから、日本での犯行現場と酷似した今の状況を觀察しつつ犯人の犯行方法を推理していくところは緊張感拔群で、探偵が謎を解きながら眞相へと近づいていく一方で、それとは對照的に危険がグングンと迫ってくるという盛り上げ方がうまい。
親友が卷き込まれたという犯罪というのが、マンションの一室で目を覚ましたら、傍らに銃殺死體が転がっていて中は密室、さらには玄関のところにも死體があって、というものなんですけど、警察は睡眠藥を飮まされて現場にいた親友をすぐさま犯人と断定、法廷では弁護士がその奇妙な點をついていくものの、検事の手強いやりかたにもうタジタジ。これはもう真犯人を見つけて犯行を暴くしかない、と奮起して探偵たちも俄然氣合いを入れていくものの、どうも親友は何かを隠しているらしい。
マンションで殺されていた二人は麻薬に絡んだ犯行を画策していたロクデナシで、どうやら犯行の動機にはこの件が絡んでいるように思われるものの証拠はない。さらにこの事件の前に殺されたロクデナシのひとりが町中で襲撃を受けていて、これと事件の關係は、……というかんじで話が進みます。
いよいよロクデナシ二人の犯罪を知っているアメリカ人の連絡先を手に入れた探偵は、アメリカに赴くついでにその男に会うのだけども、冒頭の「現在」の場面で描かれた通り、さながら日本での事件を再現したかのような状況で目を覚まします。果たして、自分は親友と同様の立場にいるのか、それとも、……。
操りを主題に据えたミステリといえば、どんなに多くの人物が操られまくっていてもその大元には本当のワルがいるものですけど、本作では操られているものがまた別の操りを行っていて、というかんじで、各人が各人の思惑で動いているところが現代風。
例えば親友はロクデナシの操りにあって犯罪に巻き込まれてしまったものの、その裏には真犯人の操りがある。しかし操られている親友もまた何かを隠したまま、自らの潔白を証明するべく探偵に望みを託す。まあ、要するに軽く操っているともいえるわけですよ。
そしてこんななか、乳飮み子を抱えた親友の妻を描きつつ社會の病理をさりげなく示してみせるところもいい。オバさんに變態電話をかけてくる小學生とか、頭のイカれた老人とか、若干平山テイスト入っているなあ、なんてこの時は感じていたんですけど、最後の最後に明らかにされる都市の間隙をついた恐ろしいトリックもよくよく考えてみればこれ、東京伝説っぽいですよねえ。
密室のトリックは當にカーのアレの現代版じゃないですか、なんて考えていたら、これまた最後の最後でこの點については確信犯であることが明らかにされます。もうひとつ凶器をアレする仕掛けも土屋隆夫のアレなんですけど、このようにお馴染みのトリックを使いながら、それらを巧みに複合させて犯罪の実相を隱してしまう手際が洒落ています。トリックに新味ばかりを追い求める方には滿足出來ないかもしれませんけど、自分はこのあたりは無問題なので、眞相が明かされた時も感心することしきりでしたよ。
そしてこの犯行を成立させる為の周到な小道具と、そこからおぼろげに浮かび上がってくるという犯人像の造詣もいい。トリックを主軸に据えた本格風味、探偵が犯行現場におかれて犯人の操りを回避していくサスペンス、さらにはそこに法廷劇までも加えて、社會の病理をネチネチと、そして時にはスタイリッシュに描き出した本作、それでいてどこか乾いた人間關係の描き方も今風で、あらゆる娯楽要素を織り交ぜた贅沢な一作に仕上がっています。これはおすすめ、でしょう。