中町センセの向こうを張って、こちらは校内殺人シリーズ。
竹本健治氏の牧場智久シリーズとはいえジャケ画はキャライラストという譯で、いつもの作風を期待してはアレなんですけど、あらすじにある通り「痛快学園本格ミステリ」として讀んでみれば、これはこれでなかなか愉しめる一册でしたよ。
収録作は、ハウリングしまくりの放送室で刺殺死體が見つかる「騷がしい密室」、衆人環視の舞台上で胸を貫かれて王女役の女生徒が殺される表題作「狂い咲く薔薇を君に」、そして前二作とは趣を異にして、ミステリサークルの中で贓物を拔き取られたグロ死體が発見され、カエル食大好きの變人先生などを交えて探偵候補の生徒達が活躍を見せる「遅れてきた死体」の全三篇。
冒頭の「騷がしい密室」は以前「本格ミステリ05 2005年本格短編ベスト・セレクション」を紹介したときに取り上げているので、今回は表題作からいきたいと思います。
語り手は暗殺役を請け負うことになった津島君で、彼はクロスボウを使って王女を射殺するという役回り。何度も矢を射るタイミングを探るべく練習を繰り返すもののなかなかうまくいかず、王女役の女性がすっかり不機嫌なご樣子のところへ部長がワイヤレスマイクを使って合図を送ればいいというアイディアを提案します。
いざ本番となって演劇部の「愛と哀しみの薔薇戦争」という、何だが月蝕歌劇團チックなタイトルの舞台が始まり、いよいよ津島君がクロスボウを構えると、タイミングを合わせるべく使用しているイヤホンからは妙な聲が聞こえてくる。津島君が頭がグルグルさせたまま、武藤先輩の聲に合わせて矢を放つとドンピシャのタイミングで王女役の女性が迫眞を演技で見せてくれる。
そのまま廻りの俳優たちが演技を續けるなか、次のシーンに移っても、王女は舞台の眞ん中でのびいていたから樣子がおかしい。見ると王女は胸から血を流して絶命していたというから大騒ぎ、癇癪持ちの教頭先生は再び津島君絡みで事件が発生したことにブチ切れて、警察には何としても事故で押し通すといきまいては見たものの、周囲の人間からやっぱり殺しじゃないのか、と自身の事故説にダメ出しをされると、今度は自殺だと主張する。そんななか牧場探偵と津島君一向は犯行方法を探るべく調査を始めるのだが、……という話。
衆人環視の密室状態での殺人、という譯で、犯人はいかにして舞台上の王女の胸に矢を突き立てたのかがキモなのですが、これはなかなか愉しめました。ただ学園ものミステリの定石か或いは竹本氏の作風故か、立て續けに二つも殺人が同じ校内で發生したというのに、「閉幕後」と題したエピローグでも妙にホンワカしたムードで事件を振り返るところがちょっとヘン。
表題作がハウダニットだとしたら、續く「遅れてきた屍体」はホワイダニットもので、朝から贓物をえぐり取られた死體が見つかったというから學校内は大騒ぎ。しかし二つの殺人を經驗しただけあって生徒たちはさすがに肝がすわってい、ミステリサークルの中に転がっていたグロ死體を肴に「死體見た?」「見た見た!」と教室でも大盛り上がり、さらには殺された女生徒がプレアデスとかエーテルとか「その筋」の人には定番のキーワードを鏤めつつ、宇宙人のことを熱く語る電波娘だったというから尋常じゃない。
すわキャトルミューテーションだ、いや、殺されたのは人間だからキャトルじゃない、とか埒もないツッコミを入れながら、津島君たちは牧場探偵拔きで今回の事件の真相を暴いてやろうと立ち上がります。
果たして贓物を拔かれていた理由について、電波娘妊娠説など樣々な假説をブチ挙げてはみるものの、それらは調査の過程で盡く否定されてしまう。そんななかカエル食大好きの變人先生が早朝に死體を発見したものの黙っていたことを聞きつけると、今度は變人先生が怪しいッという譯で色々と探りを入れていき、第二の死體が同樣の方法で発見されるに至って、彼らはいよいよ先生のアジトを急襲するのだが、……という話。
贓物を抉った理由がこれというのはあまりにアレなんですけど、これだけのグロ死體が立て續けに発見されてもごくごく普通のノリで学園生活が進行している光景はある意味異樣。「痛快学園もの」と銘打たれた作風のなか、現実との微妙な違和感を織り交ぜているあたりはやはり竹本健治、といえるかもしれません。
しかしこうもジャカスカ人が人が死んでしまうとあっては、中町センセの「社内殺人シリーズ」同樣、いつかは全校生徒と教師が死に絶えてしまうのではないか、さらには「あの學校に入ると殺される」という都市伝説フウの噂がたって學校の人氣はガタ落ち、新入生徒の獲得もままならないのでは、とか、やはり教頭先生は癇癪を起こす暇があったら全校生徒に「校内での人殺しはいけません」という「校則」を周知徹底させるべきなのではないか、とか色々なことを考えてしまうのでありました。
あとがきを讀むと本作のネタには千街氏と福井氏も絡んでいるとのことなのですが、二人のアイディアがどんなかたちで収録作の物語となったのか、二人のファンである自分としてはそのあたりが氣になるところです。「遅れてきた屍体」の贓物拔き取りとかプレアデスとかのトンデモテイストは、やはりキワモノミステリにも造詣が深い千街氏のアイディアなのかなあ、とか色々なことを考えてみるのも面白いかもしれませんよ。
竹本氏の濃厚なテイストは感じられないものの、学園ミステリものの定石を採りつつもそこここに感じられる微妙な違和感にやはり作者の風格を感じさせる作品集。超弩級の狂氣を期待しなければなかなか愉しめるのではないでしょうか。重厚な作品を讀んだあとの息抜きとしておすすめしたいと思います。