計算し盡くされた混沌。
アストゥーリアスの大山氏がブログで大絶讃していたのを見て購入しました。何しろ大山氏、「あくまでも個人的見解・好み」と添えつつも、「日本のプログレ史上BEST3に入る作品だと思います。斬新性からいったらNo.1をあげたいところです。」とまで言い切っているんですから、これは聽かない譯にはいかないでしょう。
で、感想なんですが、大傑作です。
正直、メンバーによる詳細な曲解説も既にあがっているので、それぞれの曲の内容はそちらを參照した方が宜しいと思うのですが、まあ、あくまで素人のプログレファンが聽いた上での素人レビューということで以下を讀んでいただければと思います。
樣々なレビューを參照するに、皆さんこの曲風を表現するのに苦勞されているのが分かります。何しろこのアルバムの曲の雰圍氣を表す為にと引き合いに出されているアーティストの名前がそろいも揃ってバラバラなんですよねえ。
例えば大山氏は、「ヘンリーカウやらチェンバーロック勢、クリムゾンといったところに現代音楽・ジャズの要素を混ぜ込んだら、こんな感じになるのかもしれ」ないと書いているし、その下にある仏MUSEA RECORDSのコメントでは、「GONG、SIDE STEPS、Erik SATIE、Pat METHENY、THE ENID、KING CRIMSONなどを彷彿とさせる」「プログレッシプジャズロック」であると書かれています。
更にアルバムのライナーで、横枕雄一郎氏は「北欧系やイタリアあたりのユーロ・ロック、ジャズロックへの影響やマイク・オールドフィールドやヘンリー・カウあたりに近いかなと思考が絡む」と述べ、更にそのミニマルっぽい雰圍氣からスティーブ・ライヒの名前も挙げています。
そして菅原圭氏は「ラヴェルを1.5倍速にしたようなピアノとPat Methenyが無理やりプログレを彈かされているようなギター」「最初はBlue MotionとかUnivers Zeroを連想」したと書いていたりと、とにかくもう何が何だかというかんじですよ。逆にいえば、FLAT122の音は人によって如何ようにも聽くことが出來る、それだけ許容量の廣い曲風であると考えることも出來るでしょう。いや、事実そうなんですよ。
そこで自分の聽いた印象はといいますと、上に擧げたプロの方々とも異なりまして、シカゴ音響派、特にトータスの「Millions Now Living Will Never Die」や、イタリアの妙チキリン個性派超絶バンド、ピッキオ・ダル・ポッツォの二枚のアルバムの雰圍氣を連想しました。簡單に纏めると、知的で、計算し盡くされた、複雑な樂曲であるということになりますか。
しかしこういう「知的で、計算し盡くされた、複雑な楽曲」というのはえてして頭デッカチでアバンギャルドに過ぎたりして、どうにも凄いことは分かるんだけど、感動出來ないというか、そんなアルバムも多いじゃないですか。しかしこのFLAT122の音は全然違います。例えば、二曲目のタイトル曲「波濤 The Waves」の美しいピアノの旋律と複雑な構成がもたらすアバンギャルドな雰圍氣はどうでしょう。このあたりに自分はピッキオ・ダル・ポッツォの風格を感じてしまう譯ですよ。或いはこのピアノの美しさは、大山氏のバンド、アストゥーリアスや吉松隆にも通じるものがあるかもしれません。まあ、これだけ既存の音樂を引き合いに出しても、このバンドの音のすべてを言葉で説明出來ないところがもどかしくもあり、嬉しくもある譯ですが(爆)。
一曲目、五曲目、十曲目に入っている「Movement from Silence」はいうなれば、FLAT122の音世界に導くためのサワリのようなもので、惚けたようなコーラスがちょっと現代音樂っぽい。
續く「波濤」はこのアルバムの大きな聽きどころのひとつでしょう。水の流れるような妙な効果音の後に、ちょっとEMC New SeriesのTAMIA & PIERRE FAVREっぽい展開を見せ、低音のピアノとともに、チェンバロっぽいむちゃくちゃなフレーズがフェイドインしてきます。このあたりがちょっとオパス・アヴァントラの「ロード・クロムウェル」を髣髴とさせますねえ。
しかしこれがすぐさまピアノとオルガン風の美しい雰圍氣へと轉じます。そのあとはとにかく激しい転調を見せながら複雑怪奇極まる展開を見せるこの曲、驚くべきはこれだけ激しい曲展開があり乍ら聽く側にまったく違和感を感じさせないところでありまして、プログレでは御約束ともいえる場面展開のフックを意識的に排除して、曲はいっさいの澱みも見せないかたちで進みます。涼やかなギターの音、中盤のピアノの無類の美しさ、そして正確にして完璧なギターとピアノによって導かれる樂曲を支えて乱れないパーカッションと、一音一音に込められた魂が尋常ではありません。當に和プログレ史上の名曲でありましょう。
二曲目の「Neo Classic Dance」は、前曲とは一転して、ピアノとギターが美しくも軽やかな跳躍を見せるこれまた素晴らしい曲。ギターが前面に出てい乍らも、ピアノとドラムのバランスが絶妙で、三人のいずれもが素晴らしい均衡を保ちながら進行します。これだったら、ジャズロックファンやチェンバーファンも滿足でしょう。
「Satie#1」はピアノとギターの音の美しさを極限まで突き詰めた佳曲。「波濤」やこの曲を聴いてみると、大山氏が絶讃するのも納得ですよ。ここにはアストゥーリアスが希求してやまない日本的な美しさと同質のものがあると感じてしまうのは自分だけでしょうか。決して和旋律があからさまに表に出ている譯ではないのですが、何処かうっすらと和の雰圍氣を感じてしまいます。何ででしょうねえ。
「夏」は低音を前に出したピアノの優雅なテーマを過ぎてからは、少しばかり前衛に振った音が飛び出したりするものの、ここでも複雑でいながら明解な曲の雰圍氣に搖らぎはありません。この曲も普通にプログレとして通用するでしょう。
「PANORAMA」はこのバンドの奇天烈アヴァンギャルドな一面をめいっぱいに展開させた小曲。目が回るほどに激し過ぎる曲展開に疲れてしまうのですが、それでもどこか惚けたようなユーモアが感じられるところがこのバンドの風格でしょうか。何となく、る*しろうっぽいなあ、と思っていたら、「菅沼氏とのセッションのために急遽書き下ろしたもの」とのこと。なるほどねえ、と納得しましたよ。
「目眩」もこれまた「PANORAMA」と同樣、めまぐるしく展開する作風が前半の美しい雰圍氣を愛する自分としてはアレなんですが、それでも中盤のドラムソロなど、アンサンブルを極めたこのバンドにしては珍しく、個人技の冴えを見せつけてくれるところで聽きどころも多い曲でしょう。
「The Winter Song」はミニマルっぽい役どころをギターが受け持ち、涼やかで美しいピアノの旋律がこれまた何処か和風の趣を感じさせる名曲。この複雑な楽曲とは正反對の、素の音、素の旋律の美しさが、何処となく吉松隆を連想させますねえ。懐かしい、というか。中盤以降はピアノとギターが役割を轉じて、ギターの優美な旋律を思い切り堪能出來ます。確かにこのあたりのギターにはパット・メセニーの雰圍氣も見られるような氣がします。
「Spiral」は収録されている曲の中では一番に明解で、メンバーの樂曲解説に曰わく「古典的な音使い」とのこと。確かにこの前半のギターのフレーズなんて單純にロックやジャズロックの音として聽いても無類に格好いいです。高みへと飛翔するギターの流れで聽かせてくれる一方、中盤唐突に挿入されるアバンギャルドな雰圍氣が何とも不思議。ここだけは計算外の混沌を感じてしまうのですが、もしかしてこの部分だけは即興でしょうかねえ。
という譯で、大山氏が大推薦する理由も納得の傑作。内核の波と同樣、和プログレらしからぬ洗練された雰圍氣が光る樂曲が揃ったアルバムですが、とにかく素晴らしい音樂を聽いてみたいという方であればプログレ云々は拔きにして、本作の魅力を分かっていただけると思います。これを今聽かないテはないでしょう。超おすすめ。