師走ということで、讀み逃していた話題本を慌てて讀んでいる最中な譯ですが、本作はリリース當事、大森望氏の煽りまくったジャケ帯の惹句が話題となった作品です。
「ありえない恋 ラスト2ページの感動」と、とにかく感動しまくり涙流しまくりの傑作であるとのこと。恋愛小説と聞いて尻込みしていたんですけど、その一方でミステリとしてもよく出來ているという評判を聞くに及び興味が出て手にとってみた次第です。
結論からいうと、ミステリの部分でも非常に工夫を凝らした佳作でした。作者の小説は実をいえば初めてだったんですけど、純粋なラブストーリーを裝っていながら、そこはかとなく毒もあるこの作風、もしかしたらかなり自分好みかもしれません。
物語は三十歳の平凡な獨身サラリーマンが叔母のマンションに猫の世話も兼ねて留守番がてらに引っ越すところから始まります。しかしこのマンション、どうにも誰かがいる氣配があって、主人公は落ち着きません。ほどなくしてこの部屋には女の幽霊がいることが明らかとなり、幽霊はこの部屋で何者かに殺された、と主人公のぼくに告白します。そしてぼくは誰が彼女を殺したのか、その眞相を探る為に生前の彼女が關係していた人物に聞きこみを行っていくのだが、……という話。
本作の場合、この幽霊に課せられた法則が秀逸で、この女幽霊はいわゆる地縛霊というやつだと思うのですが、彼の前に姿を見せることが出來るのは雨の日と決まってい、更には自分が殺された現場の周圍から大きく動くことは出來ません。從って、マンションの部屋、といっても自分が殺された部屋の隣に移動したりすることは不可能。またこの幽霊、最初は足の先だけがボワーっと見えているだけなのですが、自分が殺された謎が氷解していくにつれ、脚の全体、そして次には下半身という具合に、見える部分が増えていきます。
そうなれば、誰が自分を殺したのかが明らかになったその刹那に、彼女の全身が拜めると考えるのは至極當然で、この女幽霊に惚れてしまったぼくはそれを期待して事件の解明に奔走します。
しかしこの女幽霊じしんも含めて、關係者はおしなべて何かを隠しているようで胡散臭く、前半はなかなか事件の全容が見えてきません。この女性が好きだったという男がまたどうしようもない輩でありまして、自分の妻がいて、母親が危篤だというのに、平気でニュースキャスターと不倫なんかしている譯ですよ。それだけじゃなくて、女幽霊の彼女には母親から届く手紙に返事を書いて欲しいなんてことを頼み込んでいて、健氣な彼女は男に請われるままこのマンションに住み込んでせっせと手紙を書くのでありました。
この男だけじゃなくて、殺されていた彼女の姿に萌えてしまったと得意氣に話す新米刑事など、「普通に見えるんだけど実はヘン」というキャラたちがこの物語に奇妙な雰囲気を添えています。このあたりが普通の戀愛小説とは大きく異なるところでしょうか。
また女幽霊の印象も地味だったり、可愛かったりと人それぞれに印象が異なるとあってとりとめがなく、こんな足だけの女幽霊に惚れてしまう主人公も実をいえばかなりの不思議系。實際、中盤を過ぎるとこの女幽霊も下半身が見えるようになって、最後の方では首を除いた全身が見通せるまでになるのですが、そうするとこの主人公、この首なし幽霊に欲情してしまうんですよ。
で、首なし幽霊の方も実はやる氣マンマンで事に及ぼうとするんですけど、ここでもまた独自の法則が発動してその願いを果たすには至りません。このあたりはちょっと笑えます、……っていうか、本作は感動のラブストーリーな譯ですから、自分みたいにいちいちツッコミを入れながら二人の行く末を愉しんでしまうというのはダメなんですよねえ本來は。
しかし首なし幽霊というと、どうにも筒井康隆の「母子像」が頭の中をチラチラしてしまうのは如何ともしがたく、たとい首なしのグラマラスな幽霊と相まみえることになっても、自分はこの主人公のようにムラムラは出來ませんよ。
本作は彼女を殺した犯人を探っていくミステリでもある譯ですが、実はこのあたりにも讀者を驚かすドンデン返しが隱されているのではないか、なんて考えながら讀み進めていたくらいですから。この幽霊、本人は青酸カリを飲まされて殺されたなんていっているんですけど、実は顔の皮を剥がされて殺されていることが明らかとなり、謎が解かれた瞬間に明らかになった彼女のおぞましい顔を見た主人公は、……という鬼畜系のオチがあるのでは、なんて考えてしまいました。スミマセン。一昨日山田風太郎の「怪談部屋」なんか再讀したからその副作用でしょうかねえ。
そんな譯で、どうにもこの不思議系の「ぼく」に共感することは出來なかったんですけど、ミステリとしての技の冴えは大いに愉しむことが出來ました。
關係者のアリバイを探るところから始まり、手紙の封筒に添えられている數字の意味など、事件とはまた違ったところで提示される謎も大いにふるっていて、それが次第に明らかになっていく後半は大いに盛り上がります。眞相が明らかになるにつれて、作中に鏤められていた伏線が面白いように回収されていく謎解きの部分が特に素晴らしい。
ジャケ帯にあったラスト2ページの感動に關しては、ちょっと、というのが正直な氣持ですかねえ。幽霊との戀愛、というからにはこの二人の關係がハッピーエンドで終わらないことは既に折り込み濟みな譯で、主人公が眞犯人に殺されるかして自分も死後の世界に旅立ちでもしない限り、二人が結ばれることはありえません。だからこそ、この結末は予想通りで、感動というよりは寧ろ哀切を際だたせた予想通りの終わり方にちょっと鬱になってしまいましたよ。
幽霊の存在という怪異は受け入れつつ、首なしの幽霊でもグラマーだったら沒問題という奇特な御仁には極上のラブストーリーとして、自分と同樣、この怪異の設定にホラーなオチを先讀みしてしまう因果なマニアには、精緻な伏線を凝らした極上のミステリとして。多用な愉しみ方の出來る一册でしょう。おすすめ。