變態満開。
グロ写真に魅せられた男や、息を止めている時にだけ見える桃源郷にズフズフとハマっていく男、女のおみ足の美しさに魅せられた男など、變態道を究めんとする男たちの悲哀を描いた作品がテンコモリの傑作集。
前に取り上げた鮎川哲也編集「怪奇探偵小説集〈2」に収録されていた「魔像」を讀み返してから少しばかり氣になっていたのですが、フと見ると、ちくまのこのシリーズから作者の名作選がリリースされているじゃないですか。
エログロ的な雰囲気は乱歩や久作を思わせるものの、文体が妙に抑制的でスタイリッシュなところが作者の風格でありまして、俗物っぽいところは乱歩以上、それでいて久作のようなドン臭さがないところなど、実とをいうとこの作者、かなり自分の好みですねえ。
また卷末にある日下氏の解説に曰わく、
怪奇探偵小説時代の作品は、人体の一部に対するフェティシズム(「足の裏」)、人形愛(「触眠譜」)、マゾヒズム(「夢鬼」)等に彩られており、ほとんどの作品に何らかの形で美少女が登場するのが大きな特徴である。その作風は良く言えば幻想的で繊細、悪く言えば病的でマイナーであり、一部のファンに歓迎されても広汎な読者を得られるタイプのものではなかった。
確かにその通りで、これはどうひっくり返ってもメジャーにはなり得ない作風ですよ。しかし後世までその名が知れ渡るほどの人氣を博した乱歩、そしてマイナーの中のメジャーともいえる久作と、本作の作者との違いは何だったんでしょう。ちょっと繊細に過ぎるかな、というところは確かにありますが、その點でパンチに缺ける、というか。
本作は前半に所謂怪奇探偵小説時代に書かれた變態小説を収録し、後半には奇態なマッドサイエンティストを登場人物に据えた珍奇なアイディアが光るSF變態小説が收められています。
まず最初を飾る「息を止める男」は、息を止めている時にかいま見える桃源郷に取り憑かれた男の物語。掌編に過ぎてちょっと尻切れ蜻蛉に終わってしまっているところが殘念なんですけど、その後の「歪んだ夢」からは作者の活写する變態男の凄まじいまでの狂態が堪能出來る作品がこれでもかッていうくらいに續きます。もう中程まで讀み進めれば確実にトリップ出來ますよ。
「歪んだ夢」は夢の中で未来を予言することが出來る私の話なんですが、最後のオチをキ印男の独白で纏めてしまうあたり、ちょっと久作っぽい終わり方ですねえ。
「鉄路」は、一度人をひき殺してしまったばかりに轢殺の魅力に憑かれてしまった機関車の運転士の物語。轢殺の魅力にハマっていけばいくほど日常がグングンと狂っていくのは御約束で、好きだったカフェーの女給にも嫌われ、最後は他の男に靡いてしまった女を殺して電車に乗り込み、……とこのままで終わるかと思っていたらさらに吃驚のネタが仕込んでありましたよ。この轢殺魔の狂態が悲哀と笑いを釀し出すラストシーンがいい。
「自殺」は失恋した男がヤケッパチになってブラブラしていると奇妙な男に聲をかけられます。その男は「人殺しをした」と唐突に話し始めるのですが、今すぐ逃げればこのキ印男に殺されるのは火を見るより明らかですから失恋男は辛抱強く男の話に耳を傾けます。最後は結局殺されてしまうのですが、最後のオチがタイトルに繋がっていて、これがまた悲哀と笑いをもたらす幕引きへと繋がっているところなど、小説のうまさが光る好短篇でしょう。
「足の裏」は學校の體育の時間に女生徒のパンチラを見てしまったばかりに足フェチに目覺めてしまった男の莫迦莫迦しさを描いたユーモアもの。彼は社会人になってから自分の夢(女の人の美しいおみ足をモットモット堪能したい)をかなえるべく錢湯をつくります。この錢湯、というのがもう、浴槽が硝子張りのゴージャスな代物で、主人公の男はこれを博覽会の「美人海女,鮑取り実演」という見世物から思いついたというからふるっています。
そしてこの浴場はオープン當日から大盛況、主人公は浴槽の底に隱し部屋を作って、そこから日がな一日、浴槽に搖らめく女の裸體を眺めては暮らしていたのですが、この浴槽を使用しての或る殺人を思いつきます。彼はそれを実行しようと色々な策略を頭の中で妄想するのですが、この堪らないほどの莫迦莫迦しさは何でしょう。普通、こんなこといくら思いついても小説になんか出來ませんよ。
……なんてかんじで、すべての作品をレビューしていたら何文字あっても足りないので、以下は印象に残った作品のみ取り上げていきます。いや、本當のことをいえば全ての作品をもっと熱っぽく語りたいんですけど、そうすると作品の毒氣にアタってこちらの頭までおかしくなりそうなんで。
「蝕眠譜」は、ずっと眠らないで人間はどのくらい耐えられるかというくだらない(でも誰でも思いつく)実驗の果て、まどろみの中にのみ現れる少女へと戀してしまった男の物語。例によってこの実驗の魅力に取り憑かれた男が、私にその内容を語る、というもので、小説じたいは一人稱で進みます。後半で、この少女の正体が明らかにされるのですが、この結末、……何ともいえない餘韻を殘しますねえ。
「夢鬼」は収録されている作品の中では一番長い、中編といえる作品で、ハジケっぷりと、その強烈な變態ぶりは頭ひとつ拔けています。曲馬團にいる何も出來ないデクノボウの醜男が主人公で、彼は同じ劇團員のコケティッシュな少女、葉子に惚れてしまいます。惚れるといっても醜男ですから可愛い少女に告白など出來る筈もなく、彼はウジウジ、ジメジメ、ネチネチと少女を暗い影から見つめるばかり。
舞台裏で少女が食べかけの煎餅を見つけるとすかさずそれをゲットして、食いかけの濕った部分を見つめて「葉子ちゃんの唾だな」とか妄想しながらその煎餅に唇を近づける、……或いは舞台裏の隅に少女が座っていた座蒲団が積み上げられていれば、その中に體を埋めて少女のぬくもりを思い出しては悶々としたり、……というかんじの變態道を究めんとする醜男の独演會が延々と續きます。
で、物語は當然これだけでは終わりません。この少女っていうのが実はトンデモないサディストだったということが分かりまして、少女は醜男が自分に惚れているっていうのを知って自分の方からアプローチしていくんですよ。で、舞台の片隅で醜男を床に転がしてドツき回したりするんですけど、醜男にしてみれば當に恍惚。このままサドマゾカップルの誕生でハッピーエンドに終わるかと思いきや、まだ物語は半分にも至っておりません。
少女は醜男に空中ブランコを一緒にやろうと持ちかけて、醜男は地獄の特訓(でも少女も一緒だし、彼女が見ているところで團長にドツキ回されるのは最高の悦楽……)を經て、見事この難しい曲藝をものにします。そこで醜男は空中ブランコで宙に浮かんでいる瞬間、未来を見通せる超能力に覚醒、團長がなくしたという指輪を見つけたりするんですが、或る時曲馬團が解散する未来を見てしまい、ガックシと落ち込んでしまいます。そして彼が見た通りに破局はやってきました。
彼は曲藝に失敗して地上へ落下、目が覚めるとそこは病院のベッド。さらにはその墜落事故で「片足と片目を失い、その上顏の右上から斜め下には太い蚯蚓のようなひっつり」を持った超醜男へとパワーアップ。しかし物好きというのはいるもので、劇團ではコケティッシュなサド美少女葉子に惚れていて、あまり氣にも留めていなかったもう一人の女性、由子が彼の見舞いにやってきます。そこで曲馬團の解散を知らされ、もう葉子に会えないと醜男は激しく落ち込むのですが、そんな彼を由子は勵まし、二人で一緒に暮らすことになります。
彼は片足片目になりつつも、曲藝の才能を活かしてパラシュートの実驗という仕事で日錢を稼ぐようになるのですが、この仕事というのは要するに飛行機に乗って開發中のパラシュートを背負って飛び降りるというもの。一歩間違えばサドンデスの世界な譯ですが、空を舞っている刹那に再び例の超能力が覚醒して、彼は葉子が自分の住んでいる家の近くにいることを突き止めます。
で、食い物屋で女給をやっている葉子を見つけた醜男は、家に歸るなり些か興奮氣味に葉子に會ったことを由子に話します。すると、突然葉子が家に訊ねてきて二人でいるところを笑われたからもう大變。由子が自分のことを好きなのは分かってるケド、でも僕が本當に好きなのはやっぱり葉子ちゃんだからという醜男は弁解がましく、「違うんだよ、……由子ちゃんは遊びにきていただけで」と、由子の面前でそんな見え見えの言い訳をしてしまいます。當然のこと乍ら由子とは破局、また一人になってしまった醜男は、それ以降足繁く葉子のいる食い物屋へと通い詰めます。
しかし超絶サド女の葉子が、この曲藝の落下事故で格段に醜男度をアップさせた男に興味を示す筈もありません。しかし彼にしてみればそんなふうに少女に無視されてしまう放置プレイもまた恍惚、という譯で、一行に諦める樣子もありません。しかし葉子には許嫁がいることが発覺して、醜男は発狂、ついに葉子を殺してしまい、……と後はもう壯絶にして美しいシーンで締めくくります。
とにかく本作、この「夢鬼」のハジケッぷりだけでも買う價値がありますよ。
そのほか、ミステリとしても面白い「鱗粉」なども捨てがたい魅力があるのですが、もう「夢鬼」だけでかなりの長さになってしまったので後は簡單に。
後半はSF變態小説が収録されおりまして、そのほとんどにマッドサイエンティストと美少女が登場します。恋愛電気學とかいうトンデモ理論が笑わせる「白金神経の少女」はマッドサイエンティストが本當のマッドだったというオチ。キ印り叔父を勞りながら語り手の私に事情を話す美少女木美子が可愛い。
超音波を使って帝都の征服をたくらむ陰謀をユーモラスに描いた「睡魔」は、今だとこのネタは超音波ではなくて電磁波でしょうねえ。
「火星の魔術師」は語り手がマッドサイエンティストの実驗に卷き込まれてしまうところが「魔像」と同じなんですけど、こちらは辛くも助かります。しかし人間を「火星化」してしまうという発想は冷静に考えるとかなり怖い。
「植物人間」はそのタイトルから想起される醫學ものでは全然なくて、要するにモロー博士植物版というかんじ。ドクターモロー、ドクターフィッシュならぬドクタープラントというかんじでしょうか。最後の「脳波操縱士」も、マッドサイエンティストのお話なんですけど、哀しいラストがいい。
という感じで、とにかくあの時代の變態テイストをタップリと味わうことの出來る中短篇が詰まった本作、乱歩久作ファンで自分同樣見逃していた方は勿論、變態男の悲哀が分かる奇特なマニアにも是非一讀をとお薦めしたい傑作選です。