奇天烈、變態エロス、センチメンタル、浪漫ティシズム。
間羊太郎名義の名作「ミステリ百科事典」も文春文庫から復刻された式貴士。殘念なことに以前角川文庫からリリースされていた作品は盡く絶版の憂き目にあっており、現在入手可能なのは前に取り上げたふしぎ文学館のシリーズの「鉄輪の舞」のみというのはとうてい納得出來ない譯ですよ。
で、鮎川御大編集の「怪奇探偵小説集」も昨日で三册すべてのレビューも終えたし、ボチボチではありますが、式貴士名義でリリースされた角川文庫を取り上げていこうかと考えています。
という譯で、まず最初は氏のデビュー作となった「カンタン刑」から。辰巳四郎のジャケがむちゃくちゃ怖いんですけど、中身の方はいかにも作者らしい奇天烈な物語世界の上に不釣り合いな變態節とエロスを絡ませて、その上にセンチメンタルとロマンティシズムのテイストを加えた個性的な作品で大いに愉しめるものばかりです。
「ポロロッカ」は、やり手の會社員(でも普通)が歸宅すると、何と妻が二人になっていた、いう奇天烈な出來事から唐突に始まります。果たして妻はどんどん増えていき、……という展開で物語はこのままドタバタに轉ぶかと思いきやさにあらず。作者が得意とするエロ節がここから爆発し、美人妻が二人もいれば過激なエッチもし放題、とそのテの描写で盛り上げつつ、どれが本當の妻なのかと普通人らしく惱んでみせる主人公がちょっと笑える。
ほどなくしてこの妻たちは宇宙人ということが明らかとなり、地球は増殖したそっくりさんの宇宙人であふれかえります。そのあたりのトンデモない状況をさらさらと地の文だけで軽く流してしまうあたりが作者の小説でありまして、そのあとはタイトルにもなっているポロロッカが地球規模で発生し、敢えなく宇宙人たちは死滅。いったい何だったんですかッというツッコミをしようとする讀者に向けて、宇宙人と地球人の違いをこれまたさらりと語って物語は終わります。まあ、だからどうだといわれるとそれだけの話だよ、としか説明出來ないんですけどね。
「おてて、つないで」は作者のナイーブな風格が横溢した名作で、生化学的接着劑なるものを発明した主人公の科學者が動物をやりたい放題に解体してフリークスをつくりあげていく場面をバタバタと描いていく前半と、突然空中から出没したリマという女性を巡るセンチメンタルな物語へと轉じていく後半とのギャップがいい。
主人公のおれはこの女性の手首を切り取り、自分の手首も切断して、例の生化学的接着劑でくっつけてしまいます。女はタイムマシンで未來からやってきたというのですが、そのタイムマシンをおれは取り上げてしまい、歸させません。もっとも主人公と當に一心同體になってしまった譯で彼女が未來に歸ろうとも物理的な無理な譯でありますが、このあたりの展開に羽衣傳説を交えながら物語はやがて二人が愛し合い、子供が生まれ、……そのあとに二人の突然の別れが訪れるところから話は急展開します。最後にリマの正体が明かされて、何とも切ない幕引きが待っています。奇天烈な設定と、それとは不釣り合いに過ぎるセンチメンタルな風格がないまぜになったこの物語は當に作者の代表作といえるのではないでしょうかねえ。
「ドンデンの日」はこれまた奇天烈な設定にドタバタな物語を轉がしただけの短篇なのですが、これはこれで妙な味があって愉しめます。藥によって容易に性転換が可能になった未來のお話で、語り手のあたし(おれ)は女性となります。性転換が話のモチーフであれば、當然氏が得意なセックス噺が絡んでくるのは必然で、ここでもお得意のシーンがシッカリと用意されています。後半はあたしが乘り込んだ飛行機がハイジャックされ、……というかんじで當にドタバタと展開する譯ですが、最後のオチでしっかりと決めてみせるあたりはやはり昔の小説です。
續く「カンタン刑」は「鉄輪の舞」を參照していただければと思いますよ。
「バックシート・ドライバー」は、いかにもミステリの造詣に深い作者ならでは作品でありまして、あるトリックを用いて同僚を毒殺する前半はさわれに過ぎず、その同僚が幽霊となって語り手の前にヌボーと現れた後からが本番です。ほどなくして語り手のおれは殺人鬼であることを告白し、その後も不倫をしている女性の旦那を殺害して、これがまたまた幽霊となって語り手の前に現れます。殺された幽霊たちは語り手を恨んでいる譯でもなく、ある事情でつきまといながら語り手の殺しを手傳うことになるのですが、……騙していた幽霊の側が実は語り手のおれに騙されていて、というオチがいい。これまた唐突な種明かしがされるものの、強引にSFへ話を持って行こうとする作者の苦しみぶりが見通せるようで笑ってしまいます。
「ルパンと竜馬とシラノと」は全編これドタバタに溢れた怪作で、パラレルワールドとも何ともつかない世界で、ガニマール、ルパン、竜馬などがメタメタの殺し合いを行う話。最後にこの舞台の意図が明かされつつ、そこに脱力のドンデン返しを見せる幕引きが何ともいえません。最後に驚きの転換を見せるあたり、ミステリに通じる作者の稚気が感じられる作品でしょう。
「日本が眠った日」は前半の「ポロロッカ」にも通じる構成で見せるドタバタパニックもの。日本中の人間が或る日を境に眠らなくなってしまいます。もともと働き過ぎの日本人(當事)ですから、とにかく働きに働いて低コストでつくりあげた商品を海外で賣りまくり世界中がパニックに。やがて今度は日本人がすべて眠ってしまうという事態に陥ると、各國(ソ連など)はこれを好氣とばかりに日本を侵略しようと攻めてくるのだが、……とここでも脱力のオチが開陳されて物語は終わります。「ポロロッカ」よりは最後のオチがうまく決まっている點、完成度はこちらの方が上でしょうか。
「不思議の国のマドンナ」も上手く料理すれば「おてて、つないで」と同樣、カジシン風の感動ものに仕上げることだって出來た筈なのに、やはりそこは式貴士、マトモな物語には纏められません。ロボットだか生物だか分からない何かとともに、自在に夢を見ようとする次郎という男が描かれるのですが、次郎は夢の中で出會った女性に惚れてしまう。やがてこの夢の世界が何であるのかが後半に明らかになるのですが、果たしてそれは、……という話。不條理な世界が展開する前半は「ルパンと竜馬とシラノと」に通じるドタバタぶりなのですが、最後は無理矢理SFっぽく纏めてみましたッというノリがいい。
本作の最後を飾る「Uターン病」は作者いわく一番のお氣に入りとのこと。年齡が退行していく病気に罹った妻と夫の物語なのですが、センチメンタルとロマンティシズムという作者の持ち味が強く出た作品です。漢字も忘れてたどたどしい文章で手紙を殘してあることを試みる妻に思わず感涙してしまう好短篇。
確かに最近の作家の短篇に比べれば、今ひとつ坐りが惡い作品ばかりで、完成度は明らかに落ちるのですが、氏の熱氣と何ともいえない奇天烈にしてセンチな世界が獨特の餘韻を殘します。「カンタン刑」のグロゲロの話ばかりが話題となって、作者の中ではもう一つの重要な作風である叙情的な側面が忘れられがちなのですが、実は「おてて、つないで」や「Uターン病」などの方が氏の得意とするところでありまして、もし本作を手に取る機会があれば、「カンタン刑」より何より、こちらの二編をじっくりと味わっていただきたいと思います。
まあ、とはいっても、「カンタン」の意味を絡めたゴキブリ祭の衝撃は凄まじく、このやりすぎ感がまた捨てがたい魅力を持っていることも事実なんですけど。
という譯で、強く復刻を希望する本作でありますが、ハルキ文庫あたりでリリースされないですかねえ、これ。