舊いもの新しいものと順番に取り上げていって、前回は 内核の波の「運命の輪」だったので、今回は復古シリーズということになります。で、どれにしようか迷ったのですが、やはり和プログレの名盤ということであれば、ミスターシリウスのアルバムを取り上げない譯にはいきませんよ。
ここでも「ダージ」にしようか本作にしようか考えてしまったのですが、本作にはKENSOの清水義央も參加していて話を次に繋げやすいなあ、ということで、ファーストのこちらをまずはいってみます。
一曲目「峽谷倶楽部」は映畫のテーマのような大仰な太鼓で幕を開ける譯ですが、そのあとはクラシックのように悠然とした雰圍氣が續きます。そしてそのあとの、何処か懷かしささえ感じられる旋律とともに永井博子の堂々とした歌聲で進む牧歌的な展開は、セカンド「ダージ」や、本作でいえばその後に續く「エターナル・ジェラシー」とは對極にある音世界です。とはいっても冒頭のクラシックを髣髴とさせるこの雰囲気も、このバンドが持っているもう一つの魅力でもあるんですよねえ。
しかしこの雰囲気だけでアルバム一枚が完結する筈などなく、次に控えている「スウィート・リヴェンジ」では、撃速のオルガンをバックに疾走するリリカルなフルートを堪能出來ます。短い曲ながら、このバンドの卓越した演奏技術とアンサンブルの妙を見せつけてくける一曲でしょう。
撃速の後には、再び「ステップ・イントゥ・イースター」で風そよぐギターと流麗なフルートで奏でられる牧歌的世界に立ち戻ります。このようにアルバム全体を聽くと動靜の緩急が見事なところも素晴らしい。
「間奏曲」はこれまたグランドピアノの堂々とした展開に、ストリングス風のキーボードで奏でられる小曲。ここでもじっくりと聽かせてくれる永井博子の歌聲が際だっています。
次の「エターナル・ジェラシー」はこのアルバムの中でも聽かせ處の一つでして、「間奏曲」の餘韻を引きながらしっとりとしたピアノの演奏が暫く續く冒頭部に浸っていると、フェイドインしてくる壯大なストリングス風のキーボードに場面は一転、ここからは大谷レイブンの怒濤のギターが炸裂します。この無類の恰好良さはとにかく聽いてもらうしかありませんよ。
そして何度聽いても追いつかない複雜すぎる變拍子の嵐。それでいてとにかくノリがいいんですよねえ、この曲。中間部のピアノも恰好良ければ、アクセントのフルートもいい。小休止のように再び場面がストリングスのキーボードに戻ると、永井博子のボーカルがここでも聽かせます。文句なしに和プロクレ史上の名曲でしょう。
「ラグリマ」は再び「峽谷倶楽部」のような牧歌的なフルートとギターをバックに、永井博子の夢見るような美しい聲が盛り上げます。
そして最後の「不毛の夢」。KENSOの清水氏はこの曲でギターを彈いているんですけど、とにかく最初の一音を聞いただけで氏のギターと分かってしまいます。KENSOだけを聽いていると、それほど氏のギターの音色に大きな特徴を感じたりはしなかったんですけど、こうしてみると、思いのほか、氏のギターって個性的なんですねえ。
壯大なストリングスキーボードで始まり、そのあとにすっと入ってくるピアノ旋律の美しいこと。そしてフルートの調べにうっとりとしていると、來ましたよ來ましたよ、清水氏のギターが。これが壯絶なテクニックをひけらかしている譯でもないのに無類に恰好いい。ギターの音が途切れて再び前奏の雄大なストリングスキーボードの、どこか寂しささえ感じさせる雰囲気へと回歸し、ピアノの調べに導かれて永井博子の歌聲が入ります。
この曲には「峽谷倶楽部」から「ラグリマ」までの全ての場面が完璧なかたちで收められているところにも注目したいですねえ。流麗なフルートあり、壯大なキーボードのオーケストレーションあり、更には永井博子の素晴らしい聲による歌のパート、そして恰好良すぎるギター。當に集大成的な意味合いを持った名曲によってこのアルバムは幕を閉じます。
「エターナル・ジェラシー」や「不毛の夢」など、プログレファンに魅せる名曲ばかりに目が(耳が)いってしまちがちですが、寧ろ全体の雰囲気をじっくりと堪能してみたい名盤でしょう。