今、話題の人、二階堂黎人氏の最新作はミステリーランドの一册。
まあ、本格ミステリの定義とかフェアプレイとか、そういうコ難しいことはよく分からないんですけど、本作は大變愉しめました。オールド探偵小説テイストの模倣に巧みな氏でありますが、本作ではミステリーランドという器を得て、さながら水を得た魚のようにその筆捌きも生き生きとしています。往年のジュブナイル、探偵小説の風味がこれでもかッというくらいに詰めこまれた本作、個人的には氏の最高傑作なんじゃないかなと思うのですが如何。
というのも、氏の蘭子シリーズというのはいうなれば、まず乱歩正史的探偵小説の擬似世界を自らがつくりあげることから始まり、その自家製の乱歩正史「的」世界の上に物語を構築している譯です。で、困ってしまうのは、時としてその自らが創造した乱歩正史「的」世界がひどく陳腐なものに感じられてしまうことでありまして。
しかし本作の場合は違います。アルセーヌ・ルパンが活躍する物語世界が既に氏の為にと用意されており、あとはもう氏が得意とする外連身タップリの探偵小説的物語を構築していけばいいだけです。
本作、主役はアルセーヌ・ルパン、そして物語の舞台はいうまでもなく乱歩や正史の日本ではなく、外國です。しかし乱歩リスペクトの氏は舞台を海外に据えても、それだけでは満足出來なかったのでしょう。仕掛けやディテールにはシッカリと乱歩風味や正史テイストを盛り込んでおります。そこがいい。例えば密室のトリックは乱歩だし、犯人像は正史ワールドを髣髴とさせるし、……というかんじで、その眞相が分かったあともニヤニヤしてしまいます。
さて物語はルパンが姿見を前にして變装をすところから始まるのですが、この滑り出しもいい。鏡を見ながらナルっぽく獨り言を呟くあたりも素敵です。で、變装を終えたルパンが新聞の記事に目をやると、「怪奇!バラバラ死体の恐怖!」という一面の大見出しとともに、三面には「古代エジプトの秘宝、パリに来たる!」なんてかんじて、今回の「獲物」のことが掲載されているのを見つけます。
このあとに「殺人鬼の魔手」とか「恐ろしい秘密」とかいう御約束の言葉が竝んだ手紙が開陳され、ルパンたちはミイラの呪いが絡んだ殺人事件に卷き込まれているという趣向です。分かりやすいでしょ。
とにかく顏を包帯でグルグル巻きにした木乃伊がヌボーっと出て來ては忽然と姿を消してみたり、誰も入ることの出來ない密室に木乃伊からの置き手紙が殘されていたりと、二階堂フウ探偵小説テイストタップリの謎かけもふるっています。更に一晩で立て續けに二人も殺されてしまうあたりのド派手さも氏のミステリらしければ、後半、秘密の地下道を辿って犯人を追いかけるシーンなど、こちらが期待している場面もシッカリと用意されています。
とはいっても犯人は最初からバレバレです。密室の謎と木乃伊が忽然と消えてしまう仕掛けだけは分からなかったので、なるほどと思いました。木乃伊の正体がこれだったっていうのは、やはりアルセーヌ・ルパンものといってもそこは和もののミステリ。乱歩リスペクトの風味を添えなければという氏の気迫を見せつけられたような氣がします。このへんの偏執的なまでの乱歩に對する傾倒ぶりも素晴らしい。
という譯で、乱歩の風味が濃厚に感じられながらも、定石通りに物語は進みます。もうこちらがルパンものに期待しているものは全てブチ込みましたよッ、というくらいの大盤振る舞いでありまして、當に二階堂氏の作風の最良の部分が全て出ているのではと思いました。
で、自分的には、現時點において、本作は氏の最高傑作ではないか、と思う譯であります(しかし待てよ、最高傑作で犯人がバレバレっていうのは……)。
また本作はいうなれば、「神様ゲーム」とは對極にある作品であるということも出來るでしょう。本作がミステリーランドという少年小説に期待されていることの全てを詰め込んだ優等生的な作品であるとすれば、「神樣ゲーム」はジュブナイルという御約束を確信犯的に「惡用」して、ミステリの土臺をひっくり返してしまうような試みがなされた怪作。どちらも素晴らしい傑作です。
しかしですよ、どちらの作品に、今後のミステリの将来を見据えた志が感じられるかというと、……やはり「神樣ゲーム」なんですよねえ。或いは「神樣ゲーム」とはまた違った意味で少年少女にダウナー系のショックを与えてくれた、島田御大の手になるトラウマジュブナイル「透明人間の納屋」とか、これまたジュブナイルの定石の中で「神樣ゲーム」と同樣の怪異を物語世界構築の基盤に据えつつ、その中でミステリ的な謎解きを素晴らしい精度で達成してみせた「くらのかみ」などの方が、ミステリ好きの中年である自分としては單純に「凄い」と思ってしまう譯です。まあ、模範解答を示してくれた優等生に、「君の解答には個性がない」とか「ハジけてない」とかのグチを垂れてはいけないっていうのは充分分かっているんですけどねえ。
本作は、蘭子シリーズに、乱歩や正史など往年の探偵小説を模倣した安っぽさを感じてしまい、今ひとつ氏の物語にはノれないという御仁にこそ讀んでもらいたい作品です。
しかし繰り返しになってしまうのですが、本格ミステリを志向する作家の最高傑作で犯人がバレバレっていうのは……。