ナンセンスとグロテスク五割増(當社比)。
ミステリの世界では「ミステリ百科事典」の間羊太郎、そしてポルノ作家としては蘭光生。式貴士名義の長編第二作となる本作は、處女作「カンタン刑」と比較してナンセンスとグロを五割増、さらに脱力のエロが轉じてグロとシュールな世界がハジケまくった怪作「チンポロジー」を収録。とにかく説明無用、というより説明出來ない不可解な作風にレビューするこちらが当惑してしまう作品集です。
作者の作品は、ひとつの言葉やワンアイディアに奇妙なヒネリをくわえて物語へとふくらませたものが多く、「カンタン刑」などは當にカンタンの言葉をかけたところからお得意のグロと不條理めいた恐怖が炸裂するところが見所でありましたが、本作のタイトル作「イースター菌」もまた、イーストとイースターの二つの言葉をかけた苦し紛れのワンアイディアから脱力の物語がハジケまくった佳作です。
銀座のド眞ん中で、不氣味な仮面をかぶった二人組がモアイのミニチュアをダンボール箱に入れて賣っているところから始まるこの作品、雜誌社に勤める男がこのモアイの人形を購入し、一體は自分のオフィスに、そしてもう一體を戀人にプレゼントするのですが、オフィスにおいておいたモアイ像がグングンと大きくなっていきます。しまいにはオフィスの床をブチ拔くほどに巨大化し大騒ぎになって、……という話。本作に収録された作品の中では、モアイ像が理由も分からず大きくなっていくという不氣味だけども何だか間の抜けた展開が脱力ながら、無理矢理につけたオチがいかにも作者らしい佳作です。
「窓鴉」のタイトルは作者のあとがきに曰わく、あの「地獄横丁」の渡辺啓助御大の詩から拝借したものとのこと。本作に収録された作品の中では、作者のロマンティシズムの風格がもっとも出ている作品で、ポオの大鴉に着想を得たアイディアに作者らしい不條理とSFのテイストをうまく絡めて讀ませます。
物語は予備校生のぼくのところに、大きな鴉が訪ねてくるところから始まります、ってマンマ「大鴉」なんですけど、博識な鴉が先達の大鴉を引き合いに出しながら色々と講釈を垂れる場面も含めて、小洒落た蘊蓄が開陳されるところが面白い。
鴉は部屋の窓のところに現れるところから、ぼくはこの鴉を窓鴉と呼ぶようになり、二人は友達となります。やがてぼくは予備校でとある女性を好きになり、彼はこの窓鴉に彼女との仲をとり持ってくれるように御願いするところから物語はようやく流れ始めます。
窓鴉は彼女を操って、毎日窓硝子のところへ彼女を連れてくるのですが、ぼくは窓硝子の中に立ち現れた彼女と會話をするようになり、やがて二人は現実の予備校でもうまくいったかのように見えたのだが、……というふうに進むものの、作者の小説がハッピーエンドで終わる筈もありません。
ここにも何とも哀しい幕引きが用意されていて、窓鴉の正体もそこで明らかにされます。本作の中では一番好きな物語ですねえ。何となくこのぼくと窓鴉との關係は「虹のジプシー」における五道と彼の導師である猿との關係に通じるものがあるように思えます。最後の「Nevermore!」の言葉が何ともいえない餘韻をもたらす好編です。
「ユリタン語四週間」はご存じ大學書林の語学書のタイトルから着想を得たという作品で、地球からユリタン星へと向かう飛行船の中、ガイドと思しき男の語りで物語は進みます。後半まで殆どはユリタン語の講義と、ユリタン星人の風俗がダラダラと語られ、このま終わるのかと思いきや、最後に鬼畜なラストが吃驚箱のように明かされて終わり、……ってこのネタは或る意味「カンタン刑」より強烈。ユリタン語なるものを勝手に作り出したり、話の展開をそっちのけでユリタン星人のことが延々と語られたりするあたり、どことなく筒井康隆のような雰圍氣がありますねえ。
「東城見聞録」もその発想は「ユリタン語四週間」に近く、タイトルからも明らかな通り、東方見聞録がネタ元で、物語の舞台となっているのは黄金の島チパング島、すなわちもう一つの日本でありまして、胃毛袋(いけぶくろ)、小女山(おおやま)、痛歯死(いたばし)といった土地の特色特徴がこれまたダラダラと語られるところが退屈な一編。「ユリタン語四週間」のような吃驚する幕引きはないので、今回も軽く流してしまいましたよ。
「涸いた子宮」は「鉄輪の舞」にも収録されていた作者のグロテスクセンチメンタルな風格がこれでもかという具合に吹き出した佳作です。
妻に逃げられたおれのもとにやって來た、正体不明の裸の女。彼女は言葉を話すことも出來ずにその出自も判然としない。しかし一週間もすると片言の言葉を話すようになり、やがておれは彼女に美緒という名前をつけて一緒に暮らすようになります。美緒は妊娠し、彼女は自分が異星人であることをおれに告げる。しかし彼女の星では赤ん坊を産むときが死ぬ時であると聞き、おれは、……という話。
とにかく後味の惡い餘韻を殘す幕引きが何ともいえません。「おてて、つないで」に見られたような繊細な雰圍氣は殘しつつ、幕引きにはいかにもグエッとなるようなシーンを用意して、グロこそは俺の個性といわんばかりの作者のやりすぎ感が横溢した作品です。
そしていよいよ怪作「チンポロジー」となる譯ですが、正直、この作品のあらすじを説明しろというのは無理な話で、とにかく意味不明、不條理、ドタバタ、エログロのシーンだけがシュールにダラダラと描かれるばかりでありまして、物語らしい物語はないんですよ。
それでも無理矢理あらすじを纏めてみると、世界史の試験の間に、社會科の教師であるノーチンは珍峰大三という生徒がズボンのジッパーをおろして男のナニを出しているのを見つけます。どうやら大三は自分のナニに女の顏の刺青を彫っているらしい。その顏が學校のミス、椿先生であることを見つけたノーチンはタマラなくなって、思わず椿先生の顏を模した大三のナニに接吻、續いて大三に自分のナニにも椿先生のタトゥーをしてくれと懇願します。
大三は家に歸ると、妹に椿先生の刺青を施した自分のナニを見せ、二人はことに及びます。妹が處女であったことに驚くノーチンでありましたが、當の妹はアッケラカン。
場面は變わって大三は後輩三人を竝べて、椿先生のエッチな姿を妄想するように命令し、最後にはタトゥーを施した自分のナニで男色のコトに及ぶ。大三にカマを彫られてすっかり女っぽくなった後輩三人組でありましたが、大三は後輩三人に椿先生のアレを盜んでこい、と命令します。
果たしてソレを手に入れた大三は自分のナニを根本から切除して、ブツとともに金太郎飴をつくる。ソレを見たノーチンは辛抱タマラなくなって、大三の仕上げたソレに頬づりをし、……というかんじで、このあとは後輩三人を交えてのアニマル・パーティーだの、まったくもって意味不明なシーンが續きます。流石にこのエログロならぬグロエロだけでは、蘭光生ファンといえどもムラムラするどころか軽い吐き氣を催すことは必至でしょう。正直、自分もマトモに讀み返すことは出來ませんでしたよ。
「イースター菌」、「窓鴉」、「涸いた子宮」以外はどうにも作者のおふざけに滑りまくった作品ばかりなのですが、それでも「窓鴉」の何ともいえない餘韻は捨てがたく、また「イースター菌」の莫迦莫迦しさもこのまま素通りするには勿体ない、という譯で、この二作だけでも機会があれば讀んでもらいたいなあ、と思うのでありました。もっとも、式作品の中でも本作はかなりマニアック。普通の人であればやはりまずはベスト集ともいえる「鉄輪の舞」から入るのがいいでしょう。
という譯で、本年の更新はこれにて終わり、でありますが、来年もキワモノ系の隱れた作品を発掘しつつ、最新のミステリにも目を配った構成でいってみたいと思います。今年もあと三時間を切りましたが、皆樣、良いお年を。また來年も宜しく御願い致します。