全身緑色のアヤしげな覆面男が拳銃を手にして大暴れ!
「都筑道夫少年小説コレクション」の最後を飾る本作には、白馬に乘った格好いい拳銃天使を主人公に据えた表題作、そして好評を博した拳銃天使に續けということで生み出された、全身緑タイツのアヤしい覆面ヒーローが拳銃をブッ放して大活躍する「拳銃仮面」を収録。
更にジュブナイル推理ものとして、ミステリ作家らしい作者の冴えが堪能出來る「六年すいり組」や「どろんこタイムス」、「コールサインX」なども入っていて、最終巻らしい讀みごたえのある作品に仕上がっています。
で、冒頭を飾る「拳銃天使」でありますが、海運会社の社長の息子を主人公に据え、事故で亡くなったと思っていた兄が突然兄妹の前に姿を見せるところから始まります。
この兄は事故で記憶喪失になり今まで遠くの病院に入院していたと弟妹に告げるのですが、これが怪しい。實際この兄というのは偽者で、この後は弟を巻きこんでこの偽兄を操るワルたちとの鬪いとなる譯でありますが、ここに現れたのが正義の味方の拳銃天使。カーキ色のシャツにカーキの色のズボン、さらに首には赤い花模樣のハンカチを巻いてデンガロンハットをかぶりといういでたちはまんまカウボーイでありますが、その正体はというと「拳銃を悪いことばかりに使」う人間を戒める為に拳銃の神様が使わした天使という設定でありまして、手懐けた梟を鳥籠に入れ、白馬に乘っての大活躍を繰り広げます。
一方、仕込み銃の杖を操る男や、セイタカのミスター・ビッグ、さらには謎の美女など、ワルの方の配役もなかなかふるっていて、物語は少年小説らしい派手な展開を見せながら進みます。後半で明らかになるミスター・ビッグの正体など、ミステリとしての仕掛けも冴えていて、當に王道を行くジュブナイルの傑作といえるでしょう。
で、拳銃天使の方は素直に愉しめるのですが、個人的には次の「拳銃仮面」の方がツッコミどころも多く、好みでいえばこちらの方がいいですねえ。
拳銃天使が白馬に乘って颯爽と現れる格好いいヒーローだとしたら、拳銃仮面の方は全身これ緑のコスチュームに包んだアヤシげな輩でありまして、道化師のようなダフダブの洋服に覆面、頭にはとがった頭巾までかぶるという氣合のいれよう。
こんな一瞥しただけで半歩退いてしまうようなアヤシげな輩が、アハアハ笑いながら「その名は拳銃仮面。どろぼうがどろぼうしたものを、どろぼうして歩くどろぼうだよ」なんて屁理屈だか禅問答だかよく分からないようキメ台詞で自己紹介したりするもんだから、たまりません。拳銃天使とは大違いですよ。
解説によるとこの作品、秋田書店から「拳銃天使」のようなものを、という注文を受けて書き出したということなんですけど、この原稿を作者から受け取った秋田書店の編集者の泣き笑いにも似た顔が思い浮かびますよ。「オレ、拳銃天使みたいな格好いいやつを、って頼んだのに、都筑センセ、こんな頭のイカれた……」と、いかにもコレジャナイロボ感漂う拳銃仮面を目の當たりにして嘆息する彼の思いはいかばかりであったか、……なんていいつつ、物語の展開は「拳銃天使」に比較してこちらの方が數段派手で愉しめます。ワル方には南米のラテンテイストを交えた拷問師なども交えてテンポよく進むので、浮きまくっている拳銃仮面の出で立ちさえ忘れてしまえば、純粹にヒーローものとして手に汗握る展開を愉しめること受けあいです。
「六年すいり組」は大助を主人公に据えたジュブナイル乍ら、甲賀探偵が事件の謎を解くという體裁をとったミステリ。警察の前から忽然と姿を消して再び別の場所から現れる宝石泥棒や、砂濱で足跡を殘したまま消えてしまった子供の謎など、大人のミステリとして見てもかなり面白い謎掛けがテンコモリで、一話の最後に「推理の目のつけどころ」として作者の解説が入れてある親切な構成もいい。
「どろんこタイムズ」も主人公となるのは町内報をつくっている子供たちでありますが、一話一話で展開される物語にはミステリ風の謎がしっかりと凝らされていて面白い。空き地に捨てられていたマネキンの手足が宝石泥棒の事件に発展してしまったり、姿を見せず訪問者には猫にメモを託して對應するという不思議な家の話など、中心となる事件も日常の謎系の、興味深いものばかり。
「コールサインX」はこの「どろんこタイムズ」のノリを今度は学校の放送部を舞台に移して展開させた連作でありまして、後半にいけばいくほど、仕掛けと謎もミステリらしい體裁を帶びてきます。一話ごとに語り手を變えていくという手法がこの連作ではうまく効果をあげていて、それぞれに個性的な放送部の部員の人物造型もジュブナイルらしい。暗號あり、密室からの脱出あり、はたまた論理パズルのようなお話ありと、「六年」、「どろんこ」、「コールサイン」の中ではこれが一番バラエティに富んでいて個人的には愉しめました。
その他、いくつかの掌編が収録されているのですが、その中で印象に残っのは本作に二編だけ収められている「黒いおじさん」シリーズ。正体不明の黒いおじさんを物語に軸に据えた物語で、この謎めいた人物が子供を巻きこんで宝石に纏わる事件を解決します。彼が子供をけしかけて樣々な仕掛けを行うのですが、最後の最後でその意味が明らかになるという趣向がいい。二作だけというのが勿體ないくらいですよ。
掌編の中で異彩を放っているのは、「青ざめた道化師」でしょう。夜中に母を訪ねてきた道化師の正体を子供が探っていくという話なのですが、この子供、兩親は離婚しそのあと父親は死亡、更に兄は北海道にいて母と二人暮らしという不幸な境遇でありまして、道化師と死亡した父の正体が明かされるラストはちょっと鬱。トラウマジュブナイルの名作でしょう。
一番のおすすめは表題作の「拳銃天使」と「拳銃仮面」ですが、後半に収録されている「コールサイン」のミステリ風味も捨てがたいですねえ。また子供が讀んだらトラウマになること間違いなしの「青ざめた道化師」のダウナー系テイストも、ジュブナイルらしくない暗い輝きを放っています。
こうして「都筑道夫少年小説コレクション」も全六巻のレビューを終えた譯ですが、それぞれに印象深く、捨てがたい魅力がありますねえ。自分のような怪奇フウ、トラウマ風味を堪能したいというのであれば、文句なく一巻の「幽霊通信」がおすすめです。ジュブナイルといえど、作者らしいミステリを、というのであれば、本作「拳銃天使」と「蜃気楼博士」でしょうか。特に「蜃気楼博士」の、子供にまでそんな騙し方をしますかッ、といいたくなる作者のこだわりぶりには脱帽ですよ。
またハチャメチャな活劇ものを御所望であれば、これはもう「妖怪紳士」でキマリでしょう。それでも本作の「拳銃仮面」も捨てがたいし、「未来学園」に収録されている「ロボットDとぼくの冒険」のやりすぎ感も無視出來ません。
まあ、ハッキリいってしまえば、このさい六巻全部揃えましょう、ということで。一應最終巻のレビューということなので、全シリーズのレビューのリンクを以下に貼り付けておきます。興味がおありの方はどうぞ。
幽霊通信 都筑道夫少年小説コレクション (1)
幽霊博物館 都筑道夫少年小説コレクション (2)
蜃気楼博士 都筑道夫少年小説コレクション (3)
妖怪紳士 都筑道夫少年小説コレクション (4)
未来学園 都筑道夫少年小説コレクション (5)