前回、札幌のプログレバンドということで、プロビデンスの「伝説を語りて」を取り上げたのですが、その時に言及したフランスのバンド、アトールについて書いておこうと思います。あまり、洋モノは取り上げるつもりはないんですけど、一応前回のエントリでプロビデンスというバンドに興味を持ってくださったプログレ初心者の方の為に、ということで。
さて、アトールといえば最高傑作はセカンドの「夢魔」ということになるのでしょうけどフランス國内が移民で荒れまくっている今でしたら、絶對に本作サードを取り上げるべきでしょう、ってあまりにベタですかね、このネタは。
佛蘭西のイエス、なんて惹句がつけられて賣り出されていた「夢魔」ですが、これがイエスとは似ても似つかぬ代物で、……とくれば次に續く文章は「ガッカリした、また騙されたよ」となるのが御約束。しかしこれがどうして、冒頭一曲目の狂的な「惡魔祓いのフォトグラファー」からアルバム裏面をすべて使い切って展開する「組曲・夢魔」まで、完璧な構成とテクニックが光る素晴らしい作品でありました。
という譯で今では當事の佛蘭西プログレを代表するバンドのひとつとして確固たる地位を確立しているアトールではありますが、最高傑作の後に續く作品というのは結構大コケしてしまうものがあるものですよねえ、まあどれが、とはいいませんが。しかし本作サードはそんな不安を完全に払拭してくれるこれまた素晴らしいアルバムなのですよ。
「夢魔」に比べれば幾らかポップに振られているものの、後半二つのパートに分けて展開される「トンネル」など高度な演奏と構成の妙に溜息が出てしまう傑作も含めて、いずれも捨て曲なし、寧ろプログレに興味がない人にもたやすく聽けてしまうという點で入門盤としても安心してお薦め出來る作品ではないでしょうかねえ。
さて、冒頭を飾る「パリは燃えているか?」は派手さこそないものの、アンサンブルの巧みさが際だつ名曲。當方佛蘭西語はサッパリなので歌詞の方は何が何だか、というかんじなのですが「New York, London, Tokyo, Bangkok, Moscou」というのが地名だっていうのは分かります。で、これ今歌詞カード見て氣がついたんですけど、倫敦、東京、の次はバンコクだったんですねえ。今の今までずっと「香港」っていってるのかと思ってましたよ。空耳、ってやつですか。確かに香港にしては「ホンコック」って聞こえるし、……歌詞カード見ないでこれ書いていたら大恥かくところでしたよ。
續く「神々」は神祕的なキーボードと天上界から響いてくるような高音のトーンで歌い上げられるボーカルに續いて、いかにもアトールらしい薄いヴェールを纏ったような音のキーボードにクリスチャンのギターが重なります。中盤の、高みに昇るように歌い上げるピアノの疾走感が素晴らしく、「Alleluia!」とキメるところも恰好いい。この曲はタメとキメによる転調が非常にいい味を出していて、當に構成の素晴らしさが光っています。
「決闘」はキーボードとギター、すべての音のバランスがとれていて、ボーカル部分の転調が愉しい曲。短いながら展開は意外と激しいです。「神々」と相違してキメとタメは少なく、それ故に聞きやすい曲に仕上がっていますねえ。
「天翔る鹿」は冒頭のたちのぼってくるようなキーボードとじっとくり歌い上げるボーカルが美しい佳曲。
そして最後の「トンネル」。まずはパート1ですが、最初の撥ねるように開始されるキーボードの旋律からして最高にいい。そしてボーカルが終わったあとのキメ、さらにはその後の滑るように奏でられるギター、キーボード。この流れるような展開を引っ張っていくのは基本的にキーボードなのですが、場面展開の部分では必ずギターのキメが用意されているところも痺れます。それぞれの音も完璧で、さらには鮮やかに場面を變えて展開していく構成もまた完璧。
そしてクリスチャンのギターのキメが終わると、再びヴェールのかかったような神祕的なキーボードの音が全体を覆い、囁くようなボーカルとシンバルが徐々に緊張感を高めていくパート2へと續きます。リズムが取られ始め、再びチェンバロっぽいキーボードが重なり、直線的な展開で最後まで突き進んでいきます。流れるように場面が激しく展開していくパート1との對比が際だっていて、ここでもやはり曲構成の巧みさが光る名曲でしょう。
という譯で、いかにもプログレ、というものを所望の方であれば、まずはセカンドの「夢魔」から入るのが本筋なのでしょうが、プログレなど聽き慣れていない、という方であれば本作をアトール入門として手にとってみるのもアリだと思うのですが如何でしょう、大御所の皆樣。