創刊25周年ということで、寿行センセの代表作のひとつが新装版として復刊された譯ですが、ジャケ帶にいわく「復讐だけがおれの支えだ 巨匠の最高傑作長編!」。しかし最高傑作長編、といっても、寿行センセの長編最高傑作が一册で終わる筈もなく、本作のほかにもまだまだ紹介したい作品がたくさんある譯ですが、まあそれはまた機会があったらということで。まずは本作が復刊されたことを喜びたいと思います。
さてジャケ帶に書かれた「長編ハードロマン」という惹句も懷かしい本作でありますが、普通の推理小説から後の寿行ワールドであるハードロマンへと移行する過渡期に書かれた作品で、普通に密室トリックと謎解きもあったりします。
物語は東京地検のエリート檢事である杜丘が、新宿駅で突然、女性から強盗強姦犯人だと因縁をつけられるところから始まります。自分の部屋から強盗で盜んだといわれる紙幣が発見されるに及び、それが何者かの仕掛けた罠であることを悟った杜丘は逃亡をはかります。そして警察の手から必死に逃れながらも、自分を嵌めた姿なき敵の正体を暴こうと決意する……。
とにかく訪れる関係者が次々と殺されていき手掛かりを失っていく前半から、主人公の杜丘は絶望的なのですが、北海道では熊に襲われるわ、操縦經驗のないセスナで北海道からの脱出を試みたりと、やることなすことすべてがハチャメチャ。更に北海道で彼が助けた女性とのロマンスも絡めて、物語は休む間もなく展開しまくります。新宿では馬にまたがって危機を脱し、精神病院に潜入しては糞にまみれた汚水を飮んで藥を吐き出し、最後は人食い鮫の恐怖から脱し、……という具合で、考えられるサスペンスはすべてブチ込んで一作仕上げました、という寿行センセの心意氣の激しさが感じられる傑作です。
ミステリとしての仕掛けでありますが、密室状態で毒を飲ませ、犯人はどうやってこの現場を脱出したのか、というところで、動物大好きの寿行センセは誰も考えつかないようなあるモノを使って被害者に毒を飲ませます。最後にはこのトリックの解明もしっかりなされて、前半から中盤の冒險話が推理小説っぽい大団圓で集束するという構成は、寿行センセといえどもまだ推理小説から冒險小説へと完全に轉じるのに迷いがあったからでしょうかねえ。今までの物語の盛り上がりとは對照的に幕引きが妙にアッサリしているところも勿体ない。
本作には謎解きはありますがエロはありません。エロがなくても寿行節は健在で、逃げる杜丘を執拗に追いつめていく矢村警部との男二人の鬪いが轉じて結束へと繋がっていく展開も寿行ワールドでは御約束でしょう。
この作品、高倉健が主演で映畫にもなっておりまして、自分は學生の頃にテレビで見た記憶がありますよ。ただそのなかで強烈な印象を残していたのは、主役の健さんでも、矢村警部を演じた原田芳雄でもありませんで、後半の精神病院に潜入するシーンにおいて登場した田中邦衛だったんですよ。
物語の中ではこの精神病院でトンデモない藥の開發をしておりまして、田中邦衛はその藥を飮まされた擧げ句、奴隸みたいな状態になってしまっている譯です。いかにも虚ろな目つきで、モクモクとパックのなかに風船だか何だかを詰める(このへんの記憶が曖昧)という單純作業をやらされていて、惡役の医者が「腕を刺せ」とか命令すると、田中邦衛は藥の效果でその命令に逆らえず、自分の左手をグサリと刺して「イギャー!」とかいう悲鳴をあげる、……というシーンが印象に残っているんですけど、映畫自體も大變面白かった記憶があります。今アマゾンで檢索したらDVDも出ているんですねえ。ちよっとお高いのがアレですが。
凌辱シーンもなく、サスペンスと冒險がテンコモリの寿行センセの初期傑作である本作は、初心者も安心して手に取ることが出來る作品でしょう。おすすめ。