「摩天楼の怪人」に始まって、ここ最近は御大の作品のリリースが相繼いでいる譯ですが、本作はいうなれば脱力系。餘程の狂信的なマニアでない限りスルーしてもいいんじゃないかと思います。まあ、これが結論ですよ。
というのも、本作にはタイトルにもなっている「エデンの命題」と「ヘルター・スケルター」の二作品が収録されているものの、後者は既に「二十世紀本格」で讀まれた方が殆どでしょうし、だとすると本作の價値というのは、表題作に集約される譯で。
で、その出來具合なんですけど、個人的にはちょっとねえ、というかんじでした。そりゃあ、ちょっとねえ、といってもそこは御大の作品ですから、愉しめるのは勿論です。ただ分量としてもそれほど長くはないということで、本屋で軽く立ち讀みも出來るし、買うほどの價値は果たしてあるのか、と思ったりしたのでありました。
物語の内容はというと、アスピー・エデンというアスペルガー症候群の子供たちを集めた施設にいるザッカリ・カハネの一人稱による語りで進められます。冒頭、「人間の体の中には川が流れている」とかいかにもそれっぽい言い回しの話が續いて、最近の御大の關心事である最新科学の蘊蓄が延々と語られる譯ですが、寧ろ一番の謎はこの施設の成り立ちでありまして、このアスピー・エデンにいる彼らもまたこの施設の本當の目的を分かっていない譯です。
で、この施設で何か殺人事件みたいな不可解な出來事が発生して、西澤保彦の「神のロジック・人間のマジック」みたいな展開になるのかと思いきや、語り手の彼と仲が良かった女性が施設からいなくなり、ほどなくして彼女から不可解な手紙が届けられたことによって話は急展開。語り手はこの施設を脱走し、その導き手に從うまま、ある計畫に卷き込まれていき、そして……、という話です。
仕掛けの方はというと、「ハリウッド・サーティフィケイト」で使われていたネタを用いながらそれを逆手にとったものなので、「ハリウッド……」を既に讀まれている方の方が素直に驚けるかもしれません。ただその意味では御大の小説を讀み慣れていない人にこの眞相はバレバレでしょう。
その他にもアスペルガー症候群の語り手が色情狂の女に強姦まがいのことをされるというエロ小説も眞っ青のシーンがあったりして、その意味ではちょっと吃驚ですよ。しかしこれでは「涙流れるままに」でムラムラきた男性諸氏も流石にノれないでしょう。寧ろあまりにあからさまな描写にすっかり萎えてしまうのではないでしょうかねえ。
という譯で、話の構成が巧みなのはいかにも御大の小説らしく讀ませます。しかし讀んだあとはちょっと萎えてしまう、という困った作品なのでありました。
同時収録の「ヘルター・スケルター」は、交通事故に遭って何十年もの記憶を喪失してしまった老人が女醫の導きによって、自分が加担した犯罪を思い出していく、というもので、これまた最新技術を逆手にとった仕掛けが光る一品。或る意味この驚きはアレ系にも通じるところがありますねえ。チャールズ・マンソンとかも登場してかなりいい味を出しています。好みからいったら、表題作よりもこちらの方でしょう。
という譯で、文庫落ちを待ってもいいのでは、それでも待ちきれないという方は立ち讀みでもいけますよ、という作品です。