御大、御歸還です。
本格ミステリー宣言とやらをブチかましてからは「奇想、天を動かす」という大傑作をものにしたものの、その後は迷走に継ぐ迷走を繰り返していた御大が遂に歸ってきましたよ。
前作の御手洗もの長編「ネジ式ザゼツキー」には、二十一世紀版『眩暈』なんじゃないの、なんて感じてしまった譯で、往年のカンが戻ってきているなという感触は確かにありました。しかし「ネジ式」はミステリ以前に、まず小説としての物語の広がりみたいものが昔の作品に比較するとまだまだだな、という印象を抱いてしまったのもまた事実でありまして。それがどうでしょう。本作ではそれが完全に復活しているんですよ。少なくとも「アトポス」や「水晶のピラミッド」と肩を竝べるほどの作品であることは間違いないと思うんですよ、……なんて書くと「占星術」と「斜め屋敷」「暗闇坂」以降の作品は受け入れられないなんて方にはアレなんですけど、まあそこはそれ、ということで續けます。
本作の事件の舞台は、摩天楼の高層ビルでして、このビルというのが、1910年に建設された38階健てという年代もの。さらには34階部分にオブジェのような硝子の直方體がズドーンと突き出していて、今は使用されなくなった時計臺が屋上にあり、……というふうに、「斜め屋敷」や「水晶のピラミッド」「アトポス」系の、いかにも仕掛けがありそうな建物で、御大はこの舞台に六つの不可能犯罪をズラリと竝べてみせてくれるのです。
冒頭、第一章となる「大女優の死」から既にミタライは登場しています。大學教授らとともに肝臓癌で病に伏している往年の大女優を訪ねていくのですが、ここで彼女はミタライたちに、自分は或る男を殺した、と告白します。しかし彼女じしんも自分がどうやってその男を殺したのかは分かっていないという。彼女は「ファントム」の助けを借りて、このビルの34階から1階へと瞬間移動をし、彼をピストルで殺したと述べるのですが、その夜はニューヨーク中が大停電で、勿論ビルのエレベータも停止していた故、十数分の間に34階から1階へと降りていくことなど出來る筈もありません。
この不可能状況をミタライはどうやって解き明かすのか、というところが謎の根幹をなしている譯ですが、勿論それだけではありません。密室状況で銃殺された何人もの死体、そして姿を現す幽霊、爆発事故の謎、更には窓の向こうに浮かび上がる幽霊、不可解な死を遂げた建築家が殘していったヒエログリフの暗號等等、とにかく往年の(ってなんだかもう御大が老人みたいないいかたですけど)島田ワールドが全編これでもかというくらいに展開されているのです。
仕掛けの方は、ネタバレになってしまうので多くは語れないのですが、これは21世紀本格で御大が提唱していた本格理論を逆手にとったものというか、そういうふうに感じられたのですが如何でしょう。勿論物語の時系列から見れば21世紀本格の理論を忠實になぞったものと見ることも出來るのでしょうけど、これがまた絶妙な効果をあげていて、御大の作品を讀み込んでいるほど愉しめるのではないかなと感じました。
「アトポス」「水晶のピラミッド」の系譜に属する作品であると上に書きましたけど、本作で光っているのは、摩天樓の一高層ビルだけを舞台にしながら御手洗ものでは御約束の冒險譚がしっかりと成立しているところでして、本作と比較した二作品に「暗闇坂」を含めてもいいと思うのですが、これらの作品では御手洗が国境を越えて事件を解決していくという、當に冒險譚を地でいく形式をとっていましたよねえ。
それが本作に登場する摩天樓のビルに仕掛けられたこの謎があまりに巨大である為か、はたまた世紀を超えた謎が壯大である故か、本作の舞台は最初から最後までこの摩天樓のビルに限定されているというのに、本を閉じたあと、當に大きな旅を終えたかのような嬉しい疲勞感にどっぷりと浸るとこが出來たのでありました。
さらに「アトポス」「水晶のピラミッド」と比較すると、物語の本筋とは關係のない(しかしこれがなかなか面白い)お伽話が殆ど登場せず、徹頭徹尾事件の謎だけで勝負しているところも評價出來ます。中盤あたりに「地下王国」と題したお伽話があるのですけど、それほどの長さではないし、「水晶のピラミッド」のようないびつな構成に偏ることなく、本編だけでこの壯大な物語を結んでいるところもいい。
終盤、謎が明らかにされるところで、犯人と対峙しつつミタライが華麗な推理を披露する場面の盛り上げ方も完璧。事件の黒幕ファントムの動機に戦争の大量虐殺を持ってきてちゃっかり笠井潔氏のお株を奪ってしまったところも冴えています。このファントムの、狂氣と哀切を帶びた告白と、最後に彼がアレする場面で、ミタライが「温情」についてふっとひとことを呟くシーンが素晴らしい、というか、映畫になってもいいんじゃないですかこれは、というくらいの名場面が後半はテンコモリです。
ファントムという呼び名から何となく察しがつくと思うのですけど、この物語の裏の主題がまさにガストン・ルルーのアレでして、これが後半になってぐっと響いてくる構成も當に島田節の眞骨頂。かつて「占星術」や「斜め屋敷」のようなガッチガチの本格ミステリでありながら犯人の悲哀に心を搖り動かされた、初期の御大の風格も感じられます。
という譯で。
「竜臥亭事件」のミステリガジェット大博覽会にウンザリして御大を見限ってしまった貴方、そして「涙流れるままに」のエロシーンにムラムラしつつも、そのミステリから解離していく御大の凋落ぶりにガックリと首をうなだれてしまった紳士淑女の皆さん、御大は我々のもとに戻ってまいりました。本作は、ここ十年あたりの間に御大の作品から離れてしまった御仁も満足出來るだろう傑作だと思います。
とここまで書けば、おすすめ、の一言で今日は締めくくってもいいんですけど、御大の旧ファンの中には「水晶」も「アトポス」も認めない方もいたりする譯で、殘念ながらそういう方にはどうなんでしょうねえ。
自分的には非常に愉しめました。御手洗ものでこんなにワクワクさせてもらったのは本當に久しぶりだったんで、かなり熱のこもったレビューになってしまった譯ですが、……少しばかり頭を冷やして考えてみると、じゃあ、この作品が2005年に発表されて、何かミステリ史を變えてしまうような衝撃をもたらし得たのか、ということになると、ちょっと頭を抱えてしまうんですよ。
確かに傑作だと思います。御大のキャリアのなかでもかなり上位に位置する作品だといえるでしょう。しかし、この作品が今後のミステリ界に何か影響を与えることがあるだろうか、……つまり自分がミステリを評価する上での基準に照らしてみると、どうなんだろう、と。
御大の妄信的ファン、御手洗探偵萌えのファンとかだったら、こんなコ難しいことは考えずに、絶對に面白いから讀んでみての一言でこのレビューを結ぶことも出來るのでしょうけど、自分のような偏屈なミステリファンとしてはそこで留まることが出來ないんですよねえ。
という譯で、自分の予想としては、御大ファン、そして御手洗萌えの方々は本作を大傑作と評し、御大に否定的な方、或いは中立の方は微妙、という評價を下すのではないかと。自分は御大のファンですけど、狂信的というほどではないので、御大のなかでは傑作、しかし2005年にリリースされたなかではどうでしょう、ちょっと評價は保留、というところでしょうか。
まあ、こんな理屈っぽいことをグタグタと述べてしまいましたけど、とにかく愉しめる作品であることは間違いありません。600頁近いブ厚さを誇る長編ではありますけど、イッキ讀みは間違いありませんよ。
御大のファンはいうまでもなくマスト。しかし自分としてはあまり御大の作品を讀まれていない方の評價を聞きたいですねえ。