本當は昭和ミステリ秘宝シリーズの一册、小栗虫太郎の「失樂園殺人事件」を全編讀み通してレビューしようかと思っていたんですけど、どうにも数日前から手ひどい風邪をひいてしまったようで本を讀むことが出來ないほどに頭がフラフラしておりまして。
で、全然更新しないっていうのも悔しいんで、とりあえず變人探偵法水麟太郎のデビュー作である「後光殺人事件」だけでもレビューを書いておこうと思います。
法水麟太郎というと、出自の怪し過ぎる衒學を驅使してボンクラ檢事たち(讀者を含む)をケムに巻き、奇矯な推理で事件の真相を喝破する名探偵であることは皆さんもご存じの通り。ともすれば、その變人ぶりに相應しい奇矯な館だの寺院だのと洋風テイスト溢れる建物が舞台に選ばれることが多い譯ですが、本作はその點少しばかり毛色が違います。
僧侶が殺されたのは劫楽寺の藥師堂の近く、杉林に圍まれた堂宇の中。しかしその奇天烈な殺され方はいかにも作者らしく、死体は發光こそしていませんでしたが、僧侶が合掌したまま腦天を錐状の凶器で刺し貫かれて殺されたというもの。
腦天を錐、とくれば「マークスの山」か、或いは雪藤洋士が自転車のスポークでブスリ、みたいなかんじなのかな、と想像する譯ですが、この事件の場合、凶器は時間をかけてグリグリと腦天に射し込まれていたというから尋常ではありません。當然時間をかけて腦天を錐状の凶器で差し貫かれるとあれば痛さのあまりに悲鳴をあげるのが當然でしょう。しかしこの被害者の場合、苦痛の相は認められないという。それは何故か、というのが事件のキモ。
さらには事件が発生する前に、現場では怪しげに輝く後光が目撃されていたのですがその正体は何だったのかという怪異も含めて、犯人はどうやってこの殺人を爲し遂げたのかというところを、法水が推理していく譯ですが、流石にこの探偵もデビュー作とあって、冒頭館に到着した時からあさっての方へ飛ばしまくっていた「黒死館」ほどのハジケっぷりは見られません。
それでも桁外れにガタイのいい美學生とか、梵語學者と離婚して被害者の僧侶と再婚した妻とか、いかにも怪しげな連中が脇を固めており、このあたりに作者らしい風格がビンビンと感じられます。
實際の凶器と犯行方法というのは、意外と普通で、アリバイ工作にちょっと無理だろ、とツッコミを入れたくなるような仕掛けが施されているところを除けば、普通に讀めてしまいます。「白蟻」のように常軌を逸した讀みにくさもなく、物語は全編作者の語りで淡々と進むので、構成なども含めて普通に讀めてしまいます。逆にいえば、あまり毒がないともいえる譯で。
しかし被害者が書き付けていた夢日記に、フロイド理論を強引に當てはめて、木の錠前を女性器の象徴とするのはまだ許せるとして、ニキビを潰したあとまでを女性器の象徴としてしまう法水の超絶推理には口がアングリしてしまいますよ。更には木の錠前から木は木像を想起して、そこから被害者は彫像愛好症だったとブチあげるところなど、廻りの檢事が誰がつっこんであげなさいよ、といいたくなってしまうところはなかなかです。
更には大団圓を迎える後半、犯人を前にして法水は自分の推理を披露し、ボンクラ検事が彼のハチメチャな推理にいちいち驚いては埒もないコメントをいれる譯ですが、そうすると法水は前にいる犯人などそっちのけで検事と夫婦萬才ふうのコントを初めてしまう始末で、最後は犯人に動機を尋ねて、ジ・エンド。
そういえば作者のデビュー作「完全犯罪」なども思いのほか讀みやすい好短篇でしたが、本作も意外に普通の探偵小説でありました。法水探偵は洋モノの知識ばかりかと思っていたのですけど、「秘密三昧即仏念誦」など和モノにも明るいことが分かったのが本作の収穫といえるでしょうかねえ。