鮎川哲也編、怪奇探偵小説集の二册目となる本作は、探偵小説のみならず超常的な怪奇譚も含めた作品集になっておりまして、まず冒頭を飾るのは大御所乱歩の有名過ぎる短篇、「躍る一寸法師」。
もうあまりにメジャー過ぎて、自分がここで説明するまでもないと思うんですが、サーカス仲間から虐待を受けていたフリークスが酒の勢いを借りてヒロインを皆の見ている前でブチ殺すというお話。第一集に収録されていた「白昼夢」と同樣、記述者を除いて誰ひとりとして目の前で起こっている陰慘な出来事に気がついていないというところが怖い。
續く甲賀三郎の「惡戲」は将棋に負けてしまった私がブチ切れて對戦相手の友達を殺してしまい、……というお話。結局贖罪感が自らを破滅に導くという結末でうまく纏めている佳作。
これまた乱歩、甲賀と續く大御所角田喜久雄の「底無沼」は掘っ立て小屋に二人している男たちの過去が唐突に明かされる展開から、あれよあれよというかんじで話が進み、最後は恐怖小説っぽいオチで終わる小噺です。物語の展開よりも、中途で男が行うゾンゲリアの拷問の方が痛々しく、こちらの方が印象に殘ってしまいますよ。
水谷隼の「恋人を喰べる話」は、この怪奇小説集では御約束ともいえる人を食べる話。劇團の女優に惚れてしまった男と女の恋物語というありきたりの展開乍ら、最後になってタイトルに捻りを效かせたオチが明らかになるという趣向がいい。
片岡鉄平の「赤い首の絵」は語りを入れ子にしたところが不格好ながら、それが最後に效いてくる好短篇。ニューヨークで首なし美人の幽霊と結婚した、という友人の唐突な話に興味を持った私が彼から聞いた話、という冒頭から、この友人がニューヨークで体驗した話へと移るのですが、怪しい女に逆ナンされた男が女と退廢的な生活を續けるなか、男の方は可憐な少女に恋をしてしまい、そこで女は……、というふうに物語は展開します。何処となく戸川昌子の秘宝館テイストが感じられる作品ですねえ。嫌いじゃありませんよ。
渡辺温「父を失う話」は語り手の靜かな狂氣が怖い。或る朝、髭を剃り落としていた父に語りかける冒頭部は普通ながら、父に連れられて船を見物に行くあたりから話は次第に歪んでいき、最後に語り手の狂氣が不氣味な餘韻を殘します。
城戸シュレイダーの「決闘」はミステリらしく最後に捻りをくわえた作品。博士夫人が夫の連れてきた若い男性と浮気をしてしまいます。博士は大陸へと旅行をするのですが、夫人は部屋の樣子がいつもと違うことに氣がつくものの、何処がおかしいのかどうしても思い出せない。やがて手紙が届き、そこには浮気相手が、自分の夫と同じ日程で旅行へと出かけたことが書かれていて、彼女は極祕裏に自分の夫と彼が同じ場所に向かったのではないのかと訝る。やがて二人は決闘を行い、夫は浮気相手に殺されたことが分かって、……という話。騙す騙されるという主体の転換を最後の捻りに繋げた作品で、ミステリらしい稚気が微笑ましい。
戸田巽「幻のメリーゴーラウンド」は、隣室の住人に興味を示した男が或る日、川沿いの遊歩場で中学時代の友人と再會します。繪描きだった彼は自殺し、その彼が私宛に手紙を殘していたのだが、という話。隣室の住人と旧友が手記のなかで結びつき、再會した場所で回っていたメリーゴーラウンドが象徴として扱われているあたりに何処となく御伽話のような餘韻を殘す物語。ただこれもミステリではないですねえ。
光石介太郎「霧の夜」。夜の街で出會った男が私に奇妙な話を始めるという出だしとオチからして、乱歩の某作品を髣髴とさせます。サーカスの劍技師であった語り手は浮気をしていた自分の恋人を的にたたせて、劍を打ち込んでいきます。やがて彼女はギリギリに命中させる彼の劍を避けるうちに、……ってこの場面を想像すると、いかにも莫迦莫迦しいんですけど、妙にメルヘンチックな語りも相俟って、物語が終わってから妙なかんじになってしまう作品。
蘭郁二郎の「魔像」は、グロ画像に取り憑かれた寫眞家の話。はじめのうちは二人で蛙が蛇に喰われる寫眞だのを撮っていたんですけど、それがどんどんエスカレートしていって、という展開は御約束でしょう。そうなれば最後に絶對に撮ってみたいのが、人間の死体。で、彼は女を殺して九相図を撮ろうとするのですが、……とこれは最後のオチがいい。
渡辺啓助の「壁の中の男」は、ミステリらしいドンデン返しが小技として效いている短篇。建築家の友人が肺病を治すために二年ほど入院して療養生活を送るのですが、その間に友人は、彼の恋人といい關係になってしまいます。しかし建築家の男の方は飄々として自分が恋人と住む為に建てていた家を二人に譲って死んでしまう。何となく氣乗りしない乍らも、二人はその家で生活を始めるのだが、家のなかには死んだ彼の氣配があって、……という話。死んだ男のネクタイが部屋の中に落ちていたりして、彼は男が未だ生きていて家の何処かに潛んでいると疑うのですが、このオチにはなるほどねえ、と感心しました。普通の幽霊譚で終わるかと思いきや、ミステリらしい結末で締めくくります。
井上幻「喉」は、あらすじを簡單に纏めれば喉フェチ男の獨り言。好きな女の喉の美しさに惚れ込んでしまった男が最後にすることといったら、……まあ、予想通り、というか期待通りの結末で終わります。何だか強迫観念にとらわれて悶々とする喉フェチ男の狂態が何となく楳図センセの漫畫のようですよ。
登史草兵「葦」はラジオの尋ね人のコーナーで、自分の名前を呼ばれた男が、幼少時代に好きだった女を訪ねて最果ての島に行く物語、……って、ラジオで自分の名前を呼ばれただけで出かけて行きますか普通。明らかに語り手は狂っているとしか思えないんですけど、實際、これが語り手の妄想なのか、それとも幽霊譚なのかよく分からない幕引きが何とももどかしいですよ。
弘田喬太郎「眠り男羅次郎」は何のとりえもない男がふとしたことでサンドイッチマンとなり、或る店の女給に惚れてしまいます。彼は執拗にストーカー行為を繰り返すのですが、女は心労がたたって死んでしまう。果たして女は男につきまとわれて死んだのかと思いきや実は、……というところから、男が復讐を果たすという話。これ、ちょっとオチがよく分かりません。
潮寒二「蛞蝓妄想譜」はタイトルも強烈なら話の方も完全にあっちの世界に行ってしまっている作品で、シャブ中男の妄想と心象風景を執拗に描いた幻想小説。蛞蝓に飲み込まれてヌルヌルグチャグチャになるところなど、當にエログロ路線を踏襲した妄想がいい味を出しています。
最後は大御所橘外男の「逗子物語」と幽霊譚でしめくくります。逗子の墓処で見かけた美少年の正体は、という話で、語り手は幽霊ではない、何かあると思いつつ自分が見た少年の正体を突き止めようとするのですが、結局は幽霊だった、というオチ。本作に収録されている作品の中では一番長いんですけど、流石は大御所だけあって、單調な話ながらも讀ませます。
という譯で、「 怪奇探偵小説集〈1〉」と比較して、それほどハジけた話がありません。お薦めは、エログロ路線を極めたバッドトリップ小説「蛞蝓妄想譜」と、オチのうまさが際だっている「魔像」でしょうかねえ。定番の「踊る一寸法師」も乱歩らしくていいんですけど、これは殆どの方が既に讀まれていると思いますし。それとドンデン返しがうまく效いている「決闘」もミステリとしておすすめしたい好短篇でしょう。
エログロ、B級テイストをこよなく愛するミステリマニアの為の一册。とりあえずまた時間があったら三卷も再讀してみたいと思うんですけど、感想書くのに時間がかかってしまうのがちょっと。