ホラーとしての発想にはありきたりの素材を用い乍らも、仕上げの巧みさで勝負した佳作。同時にリリースされた「チューイング・ボーン」がアレだった為か、讀みやすい文章と構成で、こちらはかなり愉しむことが出來ましたよ。
物語の主人公相川はゲーム・ソフトのシナリオライターで、「ゲスト」というオンラインゲームの製作を行っているのですが、彼の周囲で不可解な暴力事件が立て續けに起こります。どうやらその原因というのが、「ゲスト」を作成する際に參考資料として取り寄せた寫眞にあるらしいということが分かり、……という物語。
日常がひたひたと惡いものに浸されていく雰囲気はかなりのもので、隣の部屋に住んでいる住人が釀し出しているイヤ感や、次第に主人公の夫婦仲が壊れていく展開など、物語をイヤな方イヤーな方へと持って行く技の冴えが光っています。
特に隣の住人の旦那の、何処にでもいるフウなんだけどもやっぱりヘン、というキャラがいい。それと事件に追われる刑事が後半でアレになってブチ切れるところや、惡い客に惱まされる喫茶店のマスターが悶々と惡意をため込んでいき、最後にスパークするところなど、脇キャラの書き込みも秀逸。文章の讀みやすさもあって、このあたりの描写がかなりのイヤ感を釀し出していて引き込まれます。
中盤までは、自分たちの周囲で発生する事件の謎を解くパートが中心となって物語が進んでいくのですが、主人公相川たちがその正体を朧氣ながら把握したあとは、どのようにしてその惡意の連鎖が周囲に伝搬していったのかを解き明かしていく展開となります。このあたりの物語の繋げ方もうまく、謎と不可解なものの正体も非常に凡庸なものなんですけど、その見せ方で引き込まれてしまいましたよ。
當然後半は、この正体が判明した敵を追いかけ、主人公がこの連鎖を止めることに注がれる譯ですが、このあたりの纏め方がちょっと、ですかねえ。結局主人公はこの不可解なものを自らの中から追い拂うことも出來ず、さらには夫婦仲も完全には修復せずにダメなままと滿身創痍で幕引きをしてしまう鬼畜ぶりが、他の作家と違う作者の個性といえるかもしれません。
普通こういうお話だったら、夫婦とか戀人同志が愛の力で克復していき、ハッピーエンドとはいかないまでも、主人公はとりあえず安心、みたいなラストを迎えるじゃないですか、……ってだいだいどの作品のことを話しているのか、本作を讀まれた方にはおおよその検討がつくかとは思うのですが、この作者の場合、こういう結末は嘘っぽいと思ったのか、主人公に卷き込まれた関係者はおしなべてアンハッピーになってしまう。このあたりで讀者を選んでしまうかもしれません。
小説としての結構のうまさで一氣に讀まされてしまいましたが、もう少し物語の主題と発想に獨自性が出て來ればかなりの傑作をものにする可能性がある作家ではないでしょうか。この作者のものは本作が初めてだったのですが、過去、角川ホラー文庫でリリースされた二作も機会があったら讀んでみたいと思います。